「――友達とは久しぶりに会ったんだから、もっとゆっくりしていてもよかったのに」
隣を歩くアンジェリークを見おろしながらジェイドがそう言うと、彼女は首を何度も振って答えた。
「でも、わざわざお迎えにまで来ていただいたジェイドさんを、あまりお待たせするわけにはいかないですから」
「俺なら大丈夫。君を待つ時間はちっとも苦にならないし、アンジェには、少しでも長く素敵な時間を過ごして欲しいんだ。それで君の笑顔が、いつもよりもっと輝く方が、俺は嬉しいんだからね」
そう言って穏やかに微笑むジェイドをちらりと見上げたアンジェリークだったが、すぐに恥ずかしそうに視線を逸らしたかと思うと、消え入りそうな声で「……あ、ありがとうございます」とつぶやいた。
――やだ、もう。
サリーがおかしなことを言うものだから、なんだか恥ずかしくて、ジェイドさんの顔、ちゃんと見れなくなっちゃったじゃない……。
あのあとサリーは、どこで覚えたのか(しかし、おそらく本人も実行したことはないと思われる)恋のテクニックとやらをあれこれ伝授してくれたのだが、最後の方になるとアンジェリークには刺激が強すぎて、話を聞いているだけで目が回って倒れそうになってしまったのだ。それに気がついたハンナが止めてくれたからよかったもの、放っておいたら、いったいどこまでエスカレートしたのだろうと思うと、アンジェリークはぶるりと身を震わせた。
そんな彼女の様子に気がついたジェイドは、微かに眉をひそめて立ち止まった。
「どうしたの? 具合が悪いなら少し休もうか?」
「い、いいえ! ちょっとあの、つ、疲れただけで」
慌てて否定しながら両手をぶんぶん振るアンジェリークだったが、よほど暑いのか顔が真っ赤だ。だからジェイドはますます眉をひそめ、身体を屈めるようにして彼女の瞳を覗き込んだ。
「疲れてるなら、俺が陽だまり邸まで抱いて……」
「そ、それはだめぇ! 余計にだめですっ!(そんなことされたら恥ずかしくて死んじゃうっ!)」
アンジェリークの様子があまりに必死だったからだろうか、しばらく不安げに彼女を見ていたジェイドは、やがて寂しそうな笑みを浮かべて身体を起こした。
「……そう。そんなにいやなら仕方がないね。……じゃあ、辛くないように、ゆっくり歩いて帰ろうか」
そう言ってきびすを返すジェイドの背に向かって、アンジェリークの口から「……あ」と、小さく声が零れた。
その途端、アンジェリークの脳裏に浮かんだのは、帰り際ハンナに言われたひと言だった。
――貴女は甘えるのが下手だけれど、もっと素直に頼っていいんじゃないかしら。ジェイドさんは、ちゃんと受け止めてくれる人なんでしょう?
「あ、あのジェイドさんっ!」
アンジェリークが思わず叫ぶと、ジェイドがゆっくり振り返った。
「どうしたの?」
立ち止まる彼の前にゆっくりと歩み寄ったアンジェリークは、やがて意を決したように顔を上げると、ジェイドを見上げて恥ずかしそうに微笑んだ。
「少し疲れてしまったから……陽だまり邸まで、手を繋いで行って……くれませんか?」
彼女の言葉に、一瞬ジェイドは驚いたように目を見開いたが、すぐに柔らかな笑みを浮かべ、アンジェリークの方へ左手をすっと差し出した。
「――もちろんいいよ。一緒に帰ろう、アンジェ」
ジェイドの言葉に、アンジェリークの表情がぱあっと華やいだ。
――そうしてジェイドに手を引かれた帰り道、ちょっぴり二人の親友に感謝したアンジェリークだった。