「アンジェ、ニクス!」
玄関の扉がノックされたかと思うと、慌てた様子のジェイドが姿をあらわした。その途端、アンジェリークは嬉しそうな表情を浮かべて立ち上がった。
「ジェイドさん!」
「ごめん、アンジェ。色々手伝っていたら遅くなってしまって」
「いいえ、大丈夫です。久しぶりにニクスさんと、楽しいお茶の時間を過ごせたし」
ジェイドはアンジェリークの側に歩み寄ると、彼女の髪に軽くキスをしてから、改めてニクスに向き直ってにこりと笑った。
「久しぶり、ニクス。アンジェのこと、ありがとう」
「いいえ。こちらこそ、とても有意義な時間を過ごさせてもらえて感謝していますよ」
少しぐらい嫌みでも言ってみようかと思っていたところ、いきなりジェイドが抱えていたブーケのひとつをニクスに差しだした。そして面食らいながらも反射的に受け取ってしまったニクスに対し、彼は屈託のない笑みを浮かべた。
「帰り道でおばあさんにもらったブーケだよ。重そうな荷物をもって歩いてたから手伝ったんだけど、そしたらお礼にってくれたんだ。それはニクスの分、もっと欲しいならこっちもあげるよ」
そう言ってさらにブーケを数個押し付けてこようとするジェイドに向って、ニクスは引きつった笑みを浮かべて首を振った。
「い、いえ、私はこれだけで十分ですよ。ありがとう、ジェイド」
「そう? まだ沢山あるから遠慮しなくていいよ」
にこりと笑ったジェイドは、腕に抱えたブーケをアンジェリークに見えるように下ろし、彼女がはしゃぐのを楽しそうに見つめていた。
「おばあさんがね、大切な人にあげてくださいって。だから、俺には大切な人が沢山いるんだって言ったら、こんなにいっぱいくれたんだ」
「じゃあ、いろいろな人に配って歩かなくちゃいけませんね。今からだと、レインのいるファリアンに行くのはちょっと無理ですけど」
「そうだね。じゃあ明日の朝早く起きて、一緒にレインのところへ行こうか?」
「わぁ楽しみ!」
「これから聖都のヒュウガに会いに行くのも無理だね」
「じゃあウォードンへ行きませんか? ベルナール兄さんだったら、まだお仕事をしているでしょうから」
「いいね、じゃあそうしよう」
二人の無邪気な会話を、呆気にとられて聞いていたニクスだったが、やがて片方の眉を器用に持ち上げたかと思うと、くっくっと咽喉の奥で笑い始めた。
「……ニクス?」
怪訝そうにジェイドとアンジェリークが振り返ると、ニクスは額を手で押さえて笑っていた。そしてようやく笑いを納めると「これは失礼」と小さく謝り、二人の側に歩み寄った。
「魔法使い同士の会話を、人間が理解するのは無理なのだということを思い知らされましたよ」
「……あっ!」
ニクスの言葉を理解したアンジェリークが叫ぶと、ジェイドは不思議そうに首を傾げて彼女を見つめた。
「え、なに? アンジェ、魔法使いって?」
「あ。えっと、それは……」
アンジェリークがどう説明しようかと悩んでいるうちに、ニクスは目を細めて微笑みながらジェイドの肩をぽんっと叩いた。
「とりあえず、今日はブーケ配りはご遠慮いただけませんか? そして久しぶりに三人でディナーパーティ、というのはどうでしょう、ジェイド?」
一瞬ジェイドは口を閉ざしたが、すぐにふわりとした笑顔を浮かべてアンジェリークを見下ろし、またニクスに向き直った。
「うん、素敵なアイデアだと思う。いいよね、アンジェ」
「ええ、もちろんです」
「このお花、テーブルに飾りましょうよ、ジェイドさん」
「うん、それはいいね!」と楽しそうに話す二人をしばらく見つめ、やがてニクスはくるりときびすを返した。
「さて……魔法使いのもてなしには、なにが一番ふさわしいんでしょうね」と呟き、微かな笑みを浮かべながら。