ベルナールのひと言に、ジェイドは驚いて目を見張り、アンジェリークはびくりと肩を震わせると顔を上げて素早く振り返った。そんな二人の反応に、ベルナールの方も一瞬驚いたが、すぐにいたずらっぽく目を細めると右手の軽く上げて人差し指を振ってみせた。
「まったく。二人とも、敏腕記者と呼ばれる僕の情報網を、舐めてもらっては困るな」
「ベルナール兄さん……」
唖然として彼を見つめるアンジェリークの様子に、ベルナールはくすくすと笑った。
「ジェイド君の正体は、オーブハンター諸氏のことを取材し始めてしばらくした頃に知ったんだ。もちろん、最初は信じられなかったけどね。僕が見ていた限りでは、何から何まで人間となんら変わらなかったし」
そう言って右手で髪を掻き上げたベルナールは、不意に真面目な表情を浮かべた。
「だから、特に意識することはないのだと思ったし、実際君は、そんなことなどまったく気にせずに接することができた。けれど……アンジェが関係してきたら、話は別だ」
「うん……」
ジェイドが素直にうなずくと、アンジェリークは寂しげな表情を浮かべ頭をたれた。と、そんな彼女の様子を視線の端にとらえながら、ベルナールは肩をすくめた。
「……って、まだ誤解しているようだけど。僕は、君がアーティファクトだからって、アンジェに近寄るな、なんて言ってないよ。それどころか……」
ベルナールの言葉に、顔を上げたアンジェリークに片目をつぶってみせると、ジェイドを軽く睨んだ。
「僕はさっき言ったよね、ジェイド君。真面目に付き合うのなら、当然『結婚』ってことも、ちゃんと考えているんだろうね? って」
「……え? …………ええっ!?」
ジェイドに語りかけたはずなのに、驚いて声を上げたのはアンジェリークだった。彼女はベルナールとジェイドの顔を交互に見比べて、再びジェイドに視線を合わせた途端、かあっと顔を赤らめた。そんな妹のような少女の態度に、ベルナールは微苦笑を浮かべて肩をすくめた。
「ほら。彼女は君より、よほど自分の気持ちに正直だ」
「に、兄さんっ!」
アンジェリークが叫ぶとベルナールは「はははっ」と笑った。だがジェイドに対しては、やはり真面目な表情で向き直った。
「アーティファクトだからと君は言うけど、僕には、それはただ臆病な言い訳にしか聞こえないね」
「ベルナール……」
「本当に大事なら、たとえどんな障害があろうと乗り越える努力をすべきじゃないかな。君の創造主が君に『感情』という素晴らしい贈り物を与えたのは、つまりそういうことだと僕は思うよ」
ジェイドは黙ってベルナールを見ていたが、やがて目を閉じてうつむいた。するとベルナールは深くため息をついて、両膝を両手で同時にぽんっと叩いた。
「……ということで、僕に出来るお節介はここまで!」
「さって、と」とかけ声を口にして立ち上がったベルナールは、ジェイドとアンジェリークをにこにこしながら見比べ、軽く肩をすくめた。
「応接の鍵、閉めておいたほうがいいかな?」
「ベッ、ベルナール兄さんっ!!」
真っ赤になって叫ぶアンジェリークの態度に声を出して笑うと、ベルナールはゆっくりときびすを返した。しかし数歩前に進んだところで、「ベルナール!」と呼ぶジェイドの声に足を止めた。
ジェイドは立ち上がるとベルナールの背中を見つめ、ちらりとアンジェリークを見おろしてから、再び視線を上げた。
「俺はアーティファクトだから、普通の人間のようにはアンジェリークを幸せに出来ないかもしれない。でも、俺は俺に出来る精いっぱいで、アンジェの笑顔を守ろうって思ってる。……こんな、答えじゃ駄目かな?」
「……ジェイドさん」
アンジェリークの声が、微かに震えているのがわかった。けれどそれは悲しさからではなく、嬉しさからのくるものだとわかった。だからベルナールは、大きく息を吐き出しながら肩を落とし、ゆっくりと振り返って笑みを浮かべた。
「……それこそが、僕が聞きたかった答えさ」
応接の扉を開けて外に出ると、向かいの壁に背を預けて腕を組み立っているヒュウガと目が合った。おそらく、アンジェリークが屋敷を飛び出したのを追いかけてきてくれたのだろう。
ベルナールは苦笑するとヒュウガの側に歩み寄り、彼の左肩を軽く叩いた。
「妹が迷惑をかけたね。送ってきてくれたんだろう?」
「正確には『追いかけてきた』のだがな」
ヒュウガの切り返しに、ベルナールはくすりと笑った。もしかしたら、この青年とは酒の席では話が合うかもしれない。
だからベルナールは、背後の応接の扉へ親指を二度振ってみせ、「質疑応答が始まったばかりで、結論が出るにはもう少し時間がかかりそうなんだ。だから、どうかな? インタビュー単独取材を受けてくれると嬉しいんだけどね」と尋ねてみた。
するとヒュウガはベルナールをちらりと見、彼の言葉の裏を察知したのだろう。微かに微笑むと、ゆっくり腕組みを解いた。
「たまには……いいかもしれんな」
「……そうこなくちゃ」
ウインクをしたベルナールはヒュウガの背中をぽんぽんと叩き、怪訝そうな表情を浮かべるヒュウガににっこりと笑いかけた。