お熱いのがお好き

-Night(2)-

ジェイドの告白に、レインはあやうく口に含んだ紅茶を吹き出しそうになり慌てて飲み込んでしまってむせて咳き込んだ。

「レイン! だ、大丈夫かい?」

ジェイドが眉をひそめて立ち上がったが、レインはその動作を手で制し、しばらくげほげほと咳をしてから、ようやく顔を上げて目元に浮かんだ涙を拭った。

「だ……だいじょうぶ、だ。ただ……ちょっと、驚いた、って、いう、か」

レインの言葉にジェイドはため息をつくと、目を伏せて再びベッドの端に腰を下ろした。

「そうだよね……俺も、どうしてだろうってずっと考えてしまって。それで、もしかしたらまた回路か何かがおかしくなったのかもしれないって思ったから、こうして君に相談しにきたんだけど」

「……レインにも原因はわからないのか」と呟いてふたたびため息をつくジェイドを、レインは呆れたように目を細めて見つめていた。

「いや……原因がわからないわけじゃないっていうか……」

その言葉に、ジェイドはゆっくりと顔を上げると「え、わかるの?」と言いながら、期待を込めたまなざしでレインを見つめた。するとレインは所在なげに、頭を右手でかりかりと掻きながら、困惑した表情を浮かべた。

「なんていうか……お前がどこまで精巧に出来てるんだって驚いたんだよ」

「俺が……?」

不思議そうな表情を浮かべて自分を指差すジェイドに軽くうなずいてみせると、レインは心持ち頬を赤らめながら自分の首筋を叩いた。

「つまり、その現象は男だったら別におかしなことじゃないって言うか……ああくそっ! 白状しちまうとだな、オレもよく見てるよ、あいつの唇!」

「……え?」

ジェイドが驚いて目をしばたたせると、レインは素早く立ち上がって彼の前に歩み寄った。そして座ったままのジェイドを見おろしながら腕を組み、半ばやけくそで叫ぶように吠えた。

「好きな女の子に触れたいとか、キスしたいとか考えるのは男だったら当然で、別におかしくも何ともない! そのために目が唇とか髪とか胸とか……と、とにかくそういうところに行ってしまうのだって、ちっともおかしかないんだ! つまり、お前は男としてまったく正常なんだよっ!」

「……そう、なんだ」

レインの気迫に押されたジェイドは、ただ呆然とした表情を浮かべたままこくりとうなずいた。だが、やがて困ったような笑みを口元に浮かべると、ゆっくりと顔を上げてレインを見上げた。

「じゃあ俺は……壊れてるわけじゃないんだね」

「当たり前だ。正常も正常、そこら辺のいかれた人間よりもずっと、好きな子がいるぶんお前はちゃんとしてるよ」

「……ありがとう、レイン」

安堵した笑みを浮かべるジェイドを恨めしそうに見ていたレインだったが、やがて大きく肩を落としてため息をつくとくるりときびすを返し、右手をすっと挙げてひらひらと振ってみせた。

「そうと分かれば、もういいだろ。……解決法まで教えてやるほど、オレは親切じゃないぜ」

「うん」

答えてジェイドはゆっくりと立ち上がり、空になったティーセットを片付け始めた。そして皿と一緒に持ってきたトレーの上に乗せるとそれを持ち上げ、レインの方へ向かって歩き出した。

「ありがとう、レイン。本当に……ありがとう」

言葉を発せずに「早く行け」とばかりに手を振りながら自分の椅子に戻るレインの背中に、もう一度にこりと笑いかけたジェイドは、そのまま部屋を抜け出してゆっくりと扉を閉めた。

背後で閉じる扉の音を聞いたレインは、机に片肘をつきながら無言のままかりかりと頭を掻いた。

 

「……はぁ」

ニクスの部屋を出たアンジェリークは、数歩歩いたところで立ち止まりため息をついた。

「それは……解決法といわれましても、ねぇ」と、ニクスに困ったように微笑まれてしまっては、それ以上食い下がるわけにもいかず、結局その後は当たり障りのない話をして、逃げるように退室してしまった。

それでも、心の中のひっかかりを人に話したことで、もやもやが少しは晴れた気がした……と、思う。そうして廊下の突き当たりの階段に差し掛かったとき、上から降りてくる人の気配にアンジェリークは顔を上げ、そして息を呑んだ。

「あ……ジェイド、さん」

「アンジェ……こんな時間にどうしたの?」

そう言ってゆっくりと階段を降りてきたジェイドの顔を、アンジェリークはぼうっとしたまま見守っていた。

あ……まただわ。

また…………わたし、見ちゃってる。

「アンジェ……?」

見つめている唇から自分の名前が紡がれるのを、アンジェリークは夢心地で観察していた。どうやら、そろそろニクスご自慢のハーブティの睡眠効果が出てきたらしい。

「アンジェ?」

もう一度彼女の名を呼ぶと、ジェイドは手にしていたトレーを階段に置いて駆け下りてきた。そしてアンジェリークの腕を掴むと、不安そうに眉をひそめながら彼女の顔を覗き込んだ。

「大丈夫かい? 具合が悪いなら、君の部屋まで送っていくよ」

するとアンジェリークはジェイドを見返して小さく口を開くと、ゆっくりと手を動かして彼の口元に添えた。そして怪訝そうに見ているジェイドの唇にそっと指で触れると、ふわりとかすめるように指を動かして輪郭をなぞった。

「ア、ンジェ?」

驚いて息を呑んだジェイドの上ずったような声に、アンジェリークははっとなって我に返った。そうして自分のした行動に驚き、顔中真っ赤に染めて両手を振ってみせた。

「ご、ごめんなさいっ! わ、わたし、あの、そ、そんなつもりじゃなくてっ!!」

そう言いながら、真っ赤になった頬を両手で押さえながらうつむき「どうしよう、わたしったら!」と何度もつぶやくアンジェリークを、しばらくジェイドは困惑したような表情を浮かべて見つめた。やがて彼は小さく微笑むとアンジェリークの手を取り、そのまま階段に腰掛けて、立ったままの彼女を見上げた。

「アンジェ……お願いがあるんだけど、いいかな?」

アンジェリークは赤くなったまま首をかしげたが、ジェイドが黙って自分を見上げているので、しばらくしてこくんとうなずくとその場にしゃがんだ。

「ここ。俺の隣に座ってくれる?」

ジェイドに言われて、アンジェリークは不思議そうにしながらも黙って従った。

「ジェイド……さん?」

アンジェリークが問いかけるとジェイドはにこりと笑い、「後ろを向いてみて」と言って、自分も階段の上に視線を向けた。怪訝に思いながらも彼の言葉に従ったアンジェリークは、二階の廊下の窓から差し込む月明かりの美しさに驚いて息を呑んだ。

「わぁ……きれい」

「さっき廊下を歩いていたら、月がとっても綺麗に見えたんだ。だから……君にも見せたいなって思って」

「でも、疲れているなら無理はしなくていいからね……送っていくよ」と続けたジェイドの言葉に首を振ると、アンジェリークはにこりと笑った。

「ううん、大丈夫です。ちょっと眠かったけど、でもジェイドさんと会えたから……もう平気です」

「さっきは……ごめんなさい」と、再び謝って頭を垂れるアンジェリークの髪が月明かりに照らされて輝いているのを見つめながら、ジェイドは先ほどのレインの言葉を思いだし反芻していた。

『好きな女の子に触れたいとか、キスしたいとか考えちまうのは男だったら当然で、別におかしくも何ともない』

「お月さま……とっても綺麗ですね」

うっとりとつぶやくアンジェリークの声に、ジェイドは我に返った。

「うん……すごく、きれいだ」

答えてうなずいたが、ジェイドの目はどうしても月には向かなくて、アンジェリークのほんのりと赤い唇をじっと見ていた。彼女におかしく思われるから早く目を逸らさなくちゃと頭ではわかっているのだが、どうしても目を離すことができない。

「……ジェイドさん?」

小さく動く彼女の唇から、自分の名前が溢れ出たのを耳にしたジェイドは、やがて諦めたように小さくため息をつくと、アンジェリークへと腕を伸ばした。

「……アンジェ。もうひとつ……お願いがあるんだ」

そう言いながら彼女の髪を一房指ですくい上げると、アンジェリークはゆっくりと顔を上げた。

彼女の澱みのない翠の瞳の美しさに吸い込まれそうな感覚を覚えながら、ジェイドは彼女の肩をそっと抱き寄せると、小さいけれどしっかりとした声でささやいた。

「君に……キスしてもいい?」

ジェイドの腕の中で、アンジェリークの肩がぴくりと震えた。

しかしアンジェリークがすぐにしっかりとうなずくのを確認したジェイドは、ゆったりとした笑みを浮かべながら改めて優しく彼女を抱きしめた。

おわり