お熱いのがお好き

-Night(1)-

「レイン、ちょっと話したいことがあるんだけど……少し時間をもらえないかな」

夕食が済んで部屋に戻ろうとしたレインは、背後からかけられた声に振り返った。そして重ねた皿を腕に抱えているジェイドに向かって軽くうなずいてみせた。

「ああ、別に構わないけど……ここでは話せないのか?」

「うん。出来れば……君と、二人だけで話したいんだ」

不安げなジェイドの表情に何か感じたのか、レインは軽く眉をひそめたが、すぐに微かな笑みを浮かべて腰に手を当てた。

「いいぜ、わかった。今からちょっと論文をまとめるから……そうだな、一時間後くらいでいいか?」

レインの返事にジェイドは明らかにほっとしたような表情を浮かべ、ゆっくりとうなずいて微笑んだ。

「いいよ、ありがとう。じゃあ、夜食を準備して持っていくよ」

「ああ、頼んだ」

言ってきびすを返したレインだったが、数歩進んだところで立ち止まり、ちらりと首だけ振り返ってみた。だがジェイドはもう何事もなかったような表情を浮かべて、テーブルの上の食器の片付けを再開していたので、結局レインはもう一度首をかしげ、改めて食堂を後にした。

 

それからきっかり一時間後、ドアをノックする音に、レインは苦笑を浮かべた。

「ほんと、正確」

呟いて立ち上がるとドアノブに手をかけ、ゆっくりと手前に引っ張った。

「時間ピッタリ、さすがだな」

「紅茶の蒸らし時間が難しくてね。でも、たぶんちょうどいい頃だと思うよ」

言うとジェイドはにこりと笑い、レインに続いて部屋の中に入ってきた。そしてトレーを、申し訳程度に書類が片付けられているサイドテーブルの上に丁寧に置いた。

「本当は消化のいいものがいいんだけど、二人で話ながらオートミールを食べるっていうのも、ね。だからラズベリーパイを持ってきた」

そう言いながら、白い皿に乗ったパイがテーブルに乗せられる様子に、レインは嬉しそうに口笛を短く吹いた。

「オレはこっちのほうが嬉しいぜ。アンジェリークだったら、まず間違いなくオートミールだろうけどな」

「あれ、実は苦手なんだよなぁ」と渋面を浮かべるレインに笑いかけると、ジェイドは「彼女は君の身体のことをちゃんと考えているんだよ」と言いながら、ティーポットを持ち上げてゆっくりと傾けた。

少しずつティーカップに注がれていく琥珀色を見つめながら、レインはゆっくりと椅子に座った。

「……で? 話ってなんだ?」

注ぎ終わったティーカップをソーサーに乗せてレインに手渡しながら、ジェイドは笑顔を引っ込めてぽつりと呟いた。

「実は、その……アンジェにも関係ある、かもしれない」

 

「……美味しい」

口に含んで喉に流し込んだ後、ほうっとため息をつくと、目の前に座っている紳士が満足そうに目を細めた。

「お気に召したようでなによりです。少し香りがきついですが、味はまろやかでしょう?」

「はい。でもこの香りも、わたしにはそんなに気になりませんけど」

そう言って、アンジェリークがもう一度こくりとハーブティーを飲み込むと、ニクスはようやく自分の前のティーカップに手を伸ばした。

「香りは味わいよりも好き嫌いが分かれるものです。この香りもリラックスできると喜ぶ者もあれば、青臭くて苦手だという人もいるのですよ。幸い貴女は前者だったようで、安心しました」

「なんだか、すごくほっとする味ですね。ありがとうございます、ニクスさん」

「どういたしまして」

にこりと微笑むニクスに笑い返したアンジェリークは、中身が半分になったティーカップをゆっくりとテーブルに戻した。と、それを見計らったように、ニクスがハーブティーの香りを楽しみながら口を開く。

「……それで、私に相談したいこととはなんでしょう、アンジェリーク?」

「は、はい……」

自分で相談に来ておきながら、いざその話を切り出されると踏ん切りがつかないらしく、アンジェリークはうつむいてしまった。そうしてしばらく居心地が悪そうに身体を動かしていたが、ニクスがなにも言わずに彼女の出方を待っていることに気がつき、ついに大きなため息をついてからゆっくりと顔を上げた。

「あの……ニクスさん」

「はい」

「もしかしたらすごくヘンなことっていうか……おかしな子だなって思われるかもしれません。でも、あの……」

「大丈夫ですよ。貴女のことを笑ったりなどしませんから、安心してお話しなさい」

「……はい」

うなずいたアンジェリークは、すうっと息を吸い込みながら顔を上げた。そして温かいハーブティーを飲んだためだけではないだろうほどに頬を染めながらも、真っ直ぐにニクスを見据えた。

「わたし、最近すごく気になることがあるんです。気にしないようにって思っていても、気がついたら無意識にそちらに目がいってしまって……それで、それを見ているとすごくドキドキして息が苦しくなるのに、それなのに目が離せなくて……だから、どうしたらいいのかわからなくなってしまって……それでニクスさんなら、もしかしたら良い解決法を知っているかと思って」

そこまで一気に話してからちらりとニクスに視線を移すと、彼は最初きょとんとした表情を浮かべていたが、やがてゆっくりと目を細めて微笑んだ。

「アンジェリーク。貴女が目を離せないあるものとは……もしかして、ジェイドのことですか?」

「えっ!?」

驚いて目を白黒させるアンジェリークに対し、ニクスはくすりと笑いながら、すっと右手の手のひらを彼女のほうへ向けた。

「別に、私が特別観察力が優れているわけではありませんよ。貴女と彼の言動を見ていれば、おのずと推測できるというものです」

ニクスの言葉に、アンジェリークは真っ赤になってうつむいてしまった。自分では隠していたつもりだったが、やはりニクスの慧眼はごまかせなかったということか。

だが、ニクスが「しかし解決法と言っても、こればかりは当人同士で話し合ったほうがいいのでは、くらいしかアドバイスできないですね」と呟いてハーブティーを再び口に含んだとき、うつむいていたアンジェリークが小さく首を振ってみせた。

「あの、違うんです。ええと正確には、違わないけれど、でもご相談したいのはもうちょっと違うことで……」

「アンジェリーク?」

彼 女の言葉の意味が飲み込めなかったニクスは、軽く眉をひそめながらティーカップをテーブルに置いた。と、アンジェリークは伺うように上目遣いで彼を見ながら、ぼそりとささやいた。

「ジェイドさんのこと、ずっと見てるっていうのは本当です……でもあの、気になるのは……」