「空からの景色、また見たいんだ」
そう言ったときの千尋の瞳は、確かにキラキラと輝いていた。しかし今、サザキの腕の中でおとなしく上空からの景色を見おろしている彼女の横顔は、なぜか沈んで見えた。
サザキと一緒にこうして出かけるのが初めてではない彼女だったから、いまさら高いところが苦手なわけでもないだろうに、気がつくとサザキの首に廻されていた千尋の両手は、組んだ指が白くなるほど力が込っていた。
しばらく彼女の表情を観察していたサザキだったが、やがてそれが自分の思い違いなどではないと確信したらしく、小さくため息をついてから千尋の身体を軽く揺りあげた。
「なーんか、心ここにあらずって感じだなァ」
「……え?」
ぴくりと肩を震わせた千尋がサザキの方へ首を巡らすと、彼は軽く口をとがらせて目をすがめた。
「つまんなそーな顔してるぜ。オレと一緒にいるの、楽しくないか?」
「そ、そんなことない!」
サザキの言葉に、千尋は慌てて何度も首を振ってみせた。しかしサザキの顔をちらっと見上げた彼女は、すぐに視線を落として小さなため息を零した。その行動にサザキはぴくりと眉を上げると、対照的に頭をがくりと垂らして深いため息を吐きだした。
「やっぱ、楽しくねーのか……」
「……あ。ち、違うってば!!」
目の前で垂れたサザキの赤い頭のつむじを見ながら、千尋は慌てて声を上げた。しかしサザキはうつむいたまま、ぼそぼそと口を動かした。
「けど、すげーため息ついてるし……オレに言えないことがあんのかなぁって、勘ぐりたくもなるわけよ」
「そんなこと……」
つぶやいて千尋はまた顔を伏せてしまった。それがサザキにしてみれば「言いたくない」と肯定しているようにしか見えなかったので、ようやく顔を上げたサザキは眉間にしわを寄せると、不貞腐れたようにぼそっとつぶやいた。
「……も、いい」
「え?」
「気のない姫さん連れ廻せねぇだろ……だから、帰る」
「ち、ちょっとサザキっ!」
膨れっ面を浮かべてそっぽを向くサザキの頬を両手で包むようにして掴んだ千尋は、力いっぱい彼の顔をこちらに向けさせた。その時にサザキの首から何かが軋むような小さな音が聞こえて、彼が顔をゆがめた。
「いててっっ!!」
「あ、ごめん!」
慌てて彼の頬から両手を放すと、サザキは涙目になりながら安堵の息を漏らした。そして首をゆっくりと数回左右に傾げて動くことを確認し、改めて息をつくと千尋を恨めしげに見つめた。
「……なんか、オレに恨みでもあんの?」
「ご、ごめん……ほんとに、あの……ごめんなさい」
所在なげに肩をすくめる千尋をしばし見つめていたサザキだったが、そんな視線を向けたところでますます彼女が委縮するだけだとわかったのか、やがて肩の力を抜くと、僅かに口元をほころばせてみせた。
「なぁ……ほんとに悪いって思ってる?」
「うん……ごめんなさい」
「ならさ、オレが納得する理由、言ってみな」
「理由……って?」
恐る恐る千尋が視線をあげると、サザキは片眉を器用に上げて呆れたような表情を浮かべて彼女を見ていた。
「なんだよー。さっきオレが訊いたの、聞いてなかったっての?」
「き、聞いてたよ。けど……だから……なんでもないの。サザキがどうとかじゃないから、ほんと気にしないで」
「ってもなぁ。いっつも空を飛ぶとすげえいい笑顔する姫さんが、今日はぼーっと遠いとこばっか見てる。そりゃ気にするなってほうが無理だ」
「う……」
言葉に詰まった千尋は、視線をサザキから逸らした。しかしサザキはそれ以上言葉を発することもなく、黙って彼女を見おろしたままだ。
時折吹く風の音と、サザキの大きな羽根が動く羽音しか辺りにしなくなった頃、ようやく千尋は観念したようにため息を漏らしてから顔を上げた。
「あのね……改めて、終ったんだなって思ってたの」