「……なんつぅか……すげー軽かったんだよなぁ」
「…………」
「でもってこう、ふわっとしてるっつうか……柔らかくて、ちょっと力入れたら壊れちまいそうでな……」
「…………」
「とにかく壊しちゃなんねぇ、傷つけちゃいけねぇって、そんなことばっかり考えちまって……って、聞いてんのか、カリガネ!」
「……聞こえてる。君の声は良く響くからな」
表情をまったく変えずに答えるカリガネの様子に、サザキは卓に肘をついて片頬を支えながら目をすがめた。
「あのな。『聞く』ってのと『聞こえてる』ってのは、まったく別もんなんだぜ。聞くってのは、相手の話に相づちを打ったり、意見を言ったりだなぁ……」
「意見して欲しいのか?」
きっぱりと言ったカリガネは、まっすぐにサザキを見つめた。その態度にサザキは一瞬怯むと、すぐに大きなため息をついた。
「おまえの意見なんてどーせ、うるさいだの、メシくらい静かに食わせろだの、そんなとこだろ?」
「……わかっているならいい」
「っと、友達甲斐がねぇよなぁ~~っ」
「はぁー……」っと大げさにため息をつき肩を落としたサザキは、箸を一本ずつ両手に握ったまま卓の上に突っ伏した。
そんなうっとうしい友人の赤い髪をじっと見ながら、口に入れた芋の煮物を丁寧に租借していたカリガネだったが、ふと気配を感じて視線をちらりと背後に向けた。そしてゆっくりと元の姿勢に戻ると、ばさりと右の翼だけを急に広げたので、その音で顔を上げたサザキが、怪訝そうに片眉をひそめた。
「ん、なんだ?」
問いかけてもカリガネは答えず、黙々と箸を動かしているだけだ。 しかしサザキが顔を動かす方へ、同じように翼を広げたり閉じたりするものだから、ついにしびれを切らしたサザキは立ち上がると肩を怒らせて卓に右腕を着いた。
「おい、なんのつもりだカリガネ!」
叫んでカリガネを睨んだサザキだったが、ふと視界が開けたことに気がついて顔を上げた。と、彼らの卓からほど近い場所を、ちょうど通りかかった風早と千尋の姿が視界に入った。その途端、サザキは表情を和らげると、卓に手をついたまま、カリガネの肩越しに身を乗り出した。
「おーーい、姫さん!」
サザキの声はカリガネが言うとおり、決して高いトーンというわけではないのによく通る。だから今度も彼の声は、なんの問題なく千尋の耳に届いたのだが、彼女は呼ばれたのに気がついた途端、遠目にもわかるくらいびくりと身体を震わせた。
ゆっくりこちらに向く千尋に、サザキは満面の笑みを浮かべて手招きをしたのだが、おかしなことに彼の様子を目に留めた途端、千尋はくるりと顔を背けると、すばやく風早の隣に回り込んで身を隠してしまった。
「姫さん?」
そんな千尋の行動は、当然サザキにとって予想外だったものだから、彼は怪訝そうに首を傾げつつ、ゆっくり彼らの方へ向かって歩き出した。
「……千尋。サザキがこちらに来ますよ?」
風早もまた、千尋の一連の行動が理解できなかったのだろう。一瞬首を傾げると、自分の脇で身体を縮こませて袖をぎゅっと握っている千尋を見おろして、そうつぶやいた。すると千尋は「うひゃっ!」と奇妙な歓声を上げたかと思うと、風早の片腕を両手でぎゅっと握りながら、真っ赤な顔をしてぐいぐい引っ張り始めた。
「か、風早っ! ちょっ、あのっ……に、逃げよう!」
「……え? ち、千尋?」
「どうしてですか?」と風早が問ういとまも与えず、千尋は風早の腕を取ったまま、サザキが来る方とは逆方向を目指して走り出した。
「ちょ! おい、姫さん?」
サザキが驚いて呼び止めたが、千尋の耳にその声は届いたかどうかわからない。まさに『脱兎の如く』彼女は風早を連れて、その場から走り去ってしまったからだ。
唖然とした表情を浮かべ、ただ立ちつくすしかないサザキのうしろからカリガネはゆったりと歩み寄ると、友人の肩をぽんと叩いた。
「思い切り……逃げられたな」
「……な、なんなんだよ……?」
ぽつりとつぶやいたサザキは、やがて大きなため息を吐くと肩を落とし、その場にしゃがみ込んでしまった。