声の限りに叫んだサザキは、その自分の声に驚いて目を覚ました。
しばらくの間、薄日が差し込んでくる窓をぼうっと見つめていたが、やがて肩の力を抜くと寝台の上にがくりとうつ伏せに崩れ落ちた。
「…………夢、かよぉ……」
つぶやいてからサザキは肩をすくめ、敷布を握りしめながら大きなため息をついた。そしてもぞもぞと右腕を動かして背に廻し、しばらく己の羽根の感触を確かめてから、その右腕を寝台の上にぱたりと落とした。
「……だよなぁ」
言葉を発してからまたため息をついて、再びまぶたを閉じようとしたその途端、サザキはきゅっと鼻を摘まれた。
「……ん?」
怪訝そうな声を漏らして眉をひそめるサザキだったが、「もうっサザキってば……」という甘い声と、耳元にふうっと暖かい息がかかったので、何を思ったのか肩を震わせ顔をほころばせた。
「……も、ちょっとだけ」
「だめよぉん。船長さぁん、早 く お き て♪」
次いでつぶやかれた言葉は先ほど同様可愛らしいのだが、語尾がやけにドスが効いていることに違和感を感じたサザキはゆっくりと目を開け、彼の鼻をつまみながらにこにこと笑みを浮かべる人物の正体を確認すると、いきなり飛び起きた。
そして素早く寝台の端に逃げようとしたのだが、何せ慌てていたものだから体勢を崩してしまい、寝台の上から転げ落ちてしまった。すると彼を起こしに来た人物は、くすくすと笑いながら寝台を回り込み、床の上に頭をぶつけて無様にひっくり返っているサザキの羽根を、ちょっとつまみながらその場にしゃがみ込んだ。
「ややわぁ。サザキはんったら、そない驚かんかてええやないの」
「なっ! なんでおまえがここにいるんだっ!!」
額を押さえたサザキは上体を起こして怒鳴ったが、夕霧はまったく堪えた様子はない。どころか「なんやの。人がせっかく起こしに来たったゆうのに、その言い草は…」と言いながら羽根をぐいぐいと引っ張ったかと思うと、すっと目を細めて意味あり気に微笑んだ。
「って、途中まで千尋ちゃんや思うてたん違う? 顔がにやけとったえ?」
「いてて引っ張んな……なっ! なんだ、いきなりっ!!」
サザキが慌てふためく様子に、夕霧は確信を持ったらしい。袂を口元に添えてくっくと声を漏らして笑いつつ、もう片方の手でサザキの背をばんばんと叩いた。
「もうっ、ほんまにわかりやすうて可愛らしわぁ」
「いていていてっ!」
見破られて恥ずかしいのと、何度も背を叩かれて痛いやら咽せるやらで、サザキはゆで上がったタコのような真っ赤な顔でようやく振り返ると、夕霧を思いきり睨みつけた。
「いい加減にしろこの野郎! なにしに来たか知らねぇが、暇つぶしってんならただじゃおかねぇぞっ!!」
すると夕霧はぴたりと笑うのをやめて真顔になり、その豹変ぶりに戸惑ったサザキをじっと見つめ返した。
「暇つぶしなんかやない、大事な用があったんどす」
「な、なんだよ改まって」
ごくりとつばを飲み込むサザキをなおも真剣な表情で見ていた夕霧だったが、やがてふっと目元を和らげて微笑んだ。
「私な、そろそろ国に戻ることになったよって、お別れを言いに来たんよ」
「国……?」
夕霧の言葉を反芻するサザキに、夕霧は笑みを浮かべたまま軽くうなずいてみせた。
「そうや。私の国はな、あんたはんが行きたいゆうてた海の向こう……この国の人らは誰も信じとらんかった、海を越えた先にあるんよ」
言ってから夕霧は、軽く片目をつぶってみせた。
「ああ、誰も信じとらんゆうのんはちごたわ。サザキはんと千尋ちゃんは信じとったんやからね」
「お、おまっ……その話、誰から聞いたっ!?」
「そんなん千尋ちゃんに決まっとるやないの」
呆れたようにため息をついた夕霧はそのまますっくと立ち上がると、腕を組んで苦々しげな表情を浮かべた。
「私が国に帰るゆうたら泣いてくれるんやないかて期待しとったのに……あの子、最初になんて言うたと思う?」
避難めいた視線を向けられたサザキは、困惑顔を浮かべつつ首をふった。いくら夢にまで見るほど千尋のことが好きでも、目の前にいる女のような成りをした異国の男にかけた言葉までは想像できようはずもない。だが夕霧の方も別にサザキの返答など期待していたわけではないから、ため息をついてみせはしたものの、すぐに話を続けた。
「千尋ちゃんな、私が海の向こうの大陸から来たてわかった途端、えらい嬉しそうに笑うんよ。『大陸がほんとにあったって知ったら、サザキが喜ぶ!』って」