その微笑みは誰のもの?

(3)

「ダ、ダメだってば! 将臣くん、そんなの食べたらお腹壊しちゃうよ!!」

「大丈夫だって。まぁ、確かに見かけは不細工だけど、中身は譲が炊いたメシと一緒だろ? 問題ねぇよ」

「だって、それ地面に落ちちゃったじゃない!」

「平気だって。こっちでも3秒ルールは有効だっての、知らねぇのか?」

そう言いながらおにぎりをぺろりと平らげると、将臣は手に付いた米粒を舌で舐め取りながらちらりと望美を見た。

「見かけによらず、けっこう美味かったぜ。ありがとな、望美」

ぽかんとした表情で将臣を見返していた望美だったが、やがて眉尻を落とすと口元をヘの字に曲げて、泣きそうな表情を浮かべた。

「……将臣くん、いつもずるい」

「なんだよ?」

将臣の怪訝そうな顔を上目遣いに睨みながら、望美は目元を両手でごしごしとこすった。すると将臣は不思議そうに首を傾げ、ばつが悪そうに頭を掻いた。

「おい、どうしたんだよ? 俺、なんかしたか?」

本当になにも分かっていないらしい幼なじみを前に、「泣きたくなるくらい嬉しくなること、簡単にしちゃうんだもん」と口元まで出かかった望美だったが、その言葉はぐっと飲み込み、目元を軽くこすり直すと顔を上げ、将臣を見上げてにこりと笑った。

「ううん、なんでもない。美味しかったんならよかったって思っただけ。おそまつさまでした」

将臣は一瞬いぶかしげな表情を浮かべたが、望美が楽しそうに笑っていることに安心したのか、先ほどの彼女の表情には触れず、目をすっと細めて口元に笑みを浮かべた。

「ほんと、おそまつだぜ。次はもう少しマシな形に作ってくれれば、『おにぎり食ってる』って実感湧くんだけどな」

重箱を片づけ始めた望美は、将臣の言葉に振り返ると、ぷうっと頬を膨らませる。

「ひどーーい! そういうこと言うなら、もう作ってあげないからっ!!」

「おー、そうしてくれると、俺も死なずにすんで助かるわ」

「うーーっ! もうぜっっったい作ってあげない!! あと、譲くんのお弁当も持ってきてあげないからねーっだ!」

「ちょっと待てっ! 譲の弁当は関係ねぇだろ! いまそれなくなると、俺の食生活かなりヤバいんだよ!」

慌てる将臣の姿に溜飲が下がったのか、望美は声を出して笑うと、重箱のふたを閉じてからくるりと振り返った。

「仕方ない。栄養失調にでもなられたら困るから、今回だけは許して進ぜよう」

「ははっ、ありがたき幸せにございます、神子様」

大袈裟にかしわ手を打って頭を下げる将臣の様子に、望美はくすくすと笑いながら立ち上がった。そしてふと腕を上げ、さっき慌てて袂に投げ入れた『おにぎり』の存在を思い出して、小さく溜息をついた。

「あー……これ、どうしよう」

「もうひとつの『握り飯もどき』か?」

将臣が立ち上がって訊ねると、反射的に望美は「うん」とうなずいた。だがすぐに眉を軽くひそめ「って、もどきってなに? れっきとしたおにぎりですっ!」と怒鳴り返し、将臣がくっくっと笑う姿を恨めしそうに睨んだ。

ひとしきり将臣は笑ったあと、望美がふてくされて『おにぎりもどき』を川にでも捨てようかと歩き始めたのを止めた。

「おい、望美。もったいねぇから捨てんなよ。俺に考えがあるから」

振り返って怪訝そうな表情を浮かべる望美に向って将臣は手を差し出し、「ほら、渡せって」と人差し指を軽く動かして催促した。その手と顔を交互に見比べた望美は、思わず眉をひそめた。

「まだ食べるの? でもこっちは思い切り転がっちゃったよ?」

「まぁ食べるっちゃ食べるけど、俺じゃねぇよ。せっかくだから知盛への土産にするわ」

そう言って望美の手からひょいっとおにぎりを取り上げると、少しだけおかずの残っている重箱の側にしゃがみ、中にそれを入れるとそっとふたを閉じた。

「ほーら、立派なもんだろ?」

「ええっ! 将臣くん、本気で知盛に食べさせるの!!??」

「おう、本気だぜ?」

「酒の原料は米だしな。リクエストにもバッチリ合ってる!」とわけの分からないことを独り呟きながら歩き出した将臣の背中を、望美は呆れたようにしばし見送った。やがて将臣は立ち止まって振り返ると、空いている片手を腰に当てて望美の名を呼んだ。

「おーい、なにボケーッと突っ立ってんだぁ? 置いてくぞぉ?」

「で、でも……」

ためらう望美の姿を見ながら、将臣は人懐っこい笑顔を浮かべた。それはまるで、幼い少年が悪戯を思いついたような、それはそれは楽しそうな笑みで。

「アイツのために作った分なんだから、ここはぜひとも食わせなきゃだろ。それに望美、アイツが慌ててる姿とか、ちょっと見てみたくねぇ?」

将臣の言葉に、望美は一瞬息を飲んだ。が、しばらくして顔を上げると、目を輝かせて呟いた。

「………見たい!」

「だろ?」

望美が駆け寄ってくるのを黙って待っていた将臣は、少女が隣に並んだのを確認すると、楽しそうな笑顔を浮かべた。

「んじゃ、行くか」

「うん!」

望美はうなずくと、重箱を持っていない将臣の左腕をきゅっと掴んで顔を上げ、彼に向ってにっこりと微笑み返した。

おわり