しばらく歩くと、望美は将臣の肩に額をすりつけてきた。痛みで泣いているのだろうか、と将臣がいぶかしんで首をひねると、望美の小さな声が背中越しに伝わってくる。
「……ごめんね。私、いっつも将臣くんを頼っちゃってる」
「……ばーか。今さらだろ」
消え入りそうな望美の言葉に、将臣は歩きながら苦笑した。
「お前がドジなのは、今に始まったことじゃねぇし。けど、今度からはちゃんと足元を見て歩けよ」
「うん…気をつける」
「これからは、いつも俺が側にいるわけじゃねぇんだから」
苦笑交じりに軽く呟かれた将臣の言葉に、望美ははっとなった。そして眉をひそめると、彼の肩に掴まる手にぎゅっと力を込めた。
『やだぁ。そばにいてくれなきゃやだぁ……』
「わかってる……将臣くんだって、忙しいんだもんね」
自分の口から出る言葉に、望美は知らずに涙が込み上げてきて、嗚咽を漏らさないようにするのに必死だった。
本当はこんな強がりを言いたいんじゃない。いいたい言葉は、こんな優等生の答えじゃない。
『まーくんといっしょがいいのぉ! いなくなっちゃやだぁ!』
子供の頃から変わらない。変わっていない気持ち。
将臣とずっといっしょにいたい。いつも側にいて欲しい。
昔は、なんて無邪気に言えたのだろうと思う。
あの頃に戻れたら…何も考えず素直に口にできたあの頃に還れたら、どんなにいいだろうと思う。
『どこにも行かないで、側にいてよ。……将臣くんと、ずっと一緒にいたいの』
心の奥で上がる悲鳴を、望美は無理矢理押さえつけて、いつもと同じに聞えるようにと願いながら口を開いた。
「私や譲くんの面倒ばっかり、見てられないもんね……」
「……望美?」
将臣は立ち止まると、首だけを微かに動かして振り返った。だが望美は彼の肩にぎゅっと顔を押し付けていたので、その表情を見ることは出来なかった。
「望美……?」
もう一度、伺うように声を掛けると、やがて彼女はゆっくりと顔を上げた。だがそこには、いつもと同じようなはにかんだ笑顔があるだけで。
「ん、大丈夫。私だって自分の面倒くらいは自分で見れるよ。だから…もう、心配しなくていいから」
彼女の言葉は強がりだ、と直感した。だが、だからといって「俺の前では強がるな」などと言う資格は、今の自分にはない。
それはずっと彼女を守り抜ける人間だけが、告げることを許されている言葉だから。
『おれがまもってあげる。ぜったい、おれが、のんちゃん助けてあげる!』
子供の頃から変わらない。変わっていない想い。
側にいて欲しい。望美が困ったとき、助けを求めたときに、いつでも手が届く場所にいたい。
昔は、なんて無邪気に言えたのだろうと思う。
あの頃に戻れたら…何も考えず素直に口にできたあの頃に還れたら、どんなにいいだろうと思う。
『側にいろよ、望美。お前のこと、絶対守ってやる。だから……ずっと一緒にいてくれ』
胸の奥底で叫んでいる真実を将臣は押し殺し、自嘲気味の笑みを浮かべたあと、再びゆっくりと歩き出した。
「そういう事、ただの坂道ですっ転んで捻挫する人間が言うなよな」
「ただの坂道じゃないもん…ボコボコの段差があって、ぬかるみだらけで、急で、いつ転がってもおかしくない最悪の坂道だもん」
「へいへい。んじゃ、そこを二人で転げ落ちたくなかったら、おとなしく掴まってろ。お前に潰されて死にたくねぇし、俺」
「ひどーい!! 私、そんなに重くないよっっ!」
「うおっ! 言ってる側から暴れんなっつうの!」
慌てて足を踏みしめる将臣の背中で、望美は身体を強張らせてぎゅっと目をつぶった。するとしばらくして、将臣がゆっくりと息を吐きだしたらしく、彼の肩が大きく動いた。
「洒落になんねぇからマジでおとなしくしててくんない? のんちゃん」
「……ごめん。って、その呼び方もうやめてって言ったじゃん!」
「くくっ……わかったよ、のんちゃーん」
「まさおみくんっ!!」
背中をポカポカと叩き始めた望美の拳に、将臣は大袈裟に痛がってみせながら笑みを浮かべて歩き出した。
お互いのぬくもりを、ほんの少しでも長く感じていられるよう、ゆっくりと――。