「俺は、そうは思わねぇな」
ぐすぐすと鼻をすすりながら上げた望美の顔を見て、将臣は苦笑を浮かべた。
「お前、すごい顔」
「……なんで? なんで一緒じゃなくてよかったのよぉ。私がいたら邪魔だから? 迷惑だから? うえーん、ひどいよ、将臣くぅん」
「ばっか、違うって。ってお前、手で拭くな手で! 顔中砂だらけじゃねぇか!」
普段は勝ち気で男勝りなところがあるくせに、一度泣き出すとなかなか治まらないことをよく知っている将臣は、望美の頭を抱え込むと顔に懐紙を当て、がしがしと拭き始めた。
「うーっ、ひ、ひたいよぉっ! うぇーん、まひゃおみふんのはかーっ!」
「はいはい、わかったから。ほら鼻咬め、鼻っ! ……ったく、世話の焼ける…」
文句を言いながらも、なんだか昔に戻ったような気持ちがして、将臣は口元に微かな笑みを浮かべた。
「お前が一緒だったら、俺はここでも面倒みなきゃならなかったじゃねぇか。そしたら三年も生きてられなかったぜ。今ごろ過労死してるね、きっと」
「ひどーい! うぇええーん!」
「あーあ。せっかく拭いてやったのに、また汚しやがって。もう知るかっ、自分で拭け!」
言うと将臣は、望美の頭に懐紙の束を乗せて立ち上がり、腰についた砂を叩いて落とした。
「ぐずっ……いいもん。自分で拭けるもん。将臣くんにしてもらわなくても、一人で出来るもん」
「……どこのガキだよ」
頭の上の懐紙の束を手に取ると、涙を拭いつつ鼻を咬む望美の姿に、将臣は呆れたように笑った。そして笑いながら髪をかき上げ、海を眺めた。
「心配しなくても……お前、いつも俺の側にいたぜ」
望美は顔を上げると、不思議そうに首をかしげ、将臣の横顔を見た。
「どっかに、望美と譲がいるかもしれない。俺と同じように、この世界のどこかに流れ着いてるかもしれない。もしそうなら、お前らを探しだすまで死ぬわけにはいかない、って思った。探しだして守ってやらなきゃって思った。だから、今まで生きてこれた……のかもな」
黙って見上げている望美の視線に気がついた将臣は、ゆっくりとしゃがんで彼女の頭に手を回した。そして、赤くなっている望美の額に自分のそれをこつんと合わせ、望美の瞳を覗き込んで笑う。
「お前が俺を今まで生かしてくれた。ここで生きていく力をくれたんだ……望美」
「それって一緒にいたってのよりすごいだろ?」と言って笑う将臣の瞳を、しばらく見つめていた望美は、やがて目を細めるとくすくすと笑いだした。
「うん……そうかもね」
「さーてと。そろそろ俺は退散するかな」
将臣の言葉に、望美は寂しそうに眉をひそめた。
「やっぱり……一緒にはいてくれないんだ」
「まぁな。連れもいるし、俺もヤボ用が色々あってな、ずっとお前らと遊んでるわけにもいかないんだ」
「……うん」
こくりとうなずく望美の寂しそうな肩を、将臣はしばらく見ていた。やがて、彼は右手をゆっくりと動かす。
「望美、お前さ」
――俺と、一緒に来ないか?
口元まで出かかった言葉を、顔を上げて自分を見返してくる彼女の瞳が止めさせた。
連れ帰ってどうする? 敗軍の将の自分といたところで、彼女を不幸にするだけだ。
ここに残れば仲間がいる。彼女を守り、幸せにしてくれる、大勢の仲間が。
だから将臣は、自分の気持ちと言葉を飲み込んで、手をゆっくり降ろすと小さく笑った。
「いや、なんでもない。……じゃあな」
そしてきびすを返すと、仲間達が泊まっている宿とは反対方向に向って歩き出した。
「将臣くん!」
望美の声が聞こえたが、いま振り返ると情けない顔を彼女に見られそうで、将臣は前を見たまま返事をした。
「なんだっ?」
「また、会えるよね!? これでお別れじゃないよね!?」
「ああ。今までだってそうだったろ?」
望美は今にも泣き出しそうな表情を浮かべていたが、将臣の言葉を聞いて、やがてゆっくりと口元をかすかにほころばせた。
「うん…そうだね。絶対、また会えるんだよね」
自分を納得させるようにうなずくと、望美は大きく手を振った。
「じゃあね、将臣くん。またね!」
「ああ、またな」
三年前までは、当たり前だった言葉。
学校帰りや、遊びの帰り。なんの心配もない「明日」が約束されていた、あの頃。
「またな、望美。また…会おうな。もしも…」
――もしもこの世で会えなくなったとしても。夢の中でも、来世でも。俺は絶対、またお前を見つけてみせる。だから……絶対、また会おうな。
望美の声が段々遠くなり、やがてそれが波の音にかき消され聞こえなくなったところで、将臣は堪らずに浜辺を駆け出した。