浜辺ではしゃぎながら、バーベキューの後片づけをしている九郎達を見ていた将臣は、その中に望美の姿がないことに気がついて、辺りを見回した。するとその場からそれほど遠くない砂浜で、海をじっと見つめている少女を見つけ、ほっと安堵の息を漏らしながら歩み寄った。
「望美。なーに一人でたそがれてんだよ?」
望美は将臣の声を聞いた途端びくりと身体を震わせた。そして慌ててごしごしと目元をこすると、将臣の方を振り返って「へへっ」と笑った。
「ん、ちょっとね。修学旅行の話なんかしちゃたら、なんか急に、向こうのこといろいろ思い出しちゃって。えへへ、センチメンタルっちゃいました」
無理に明るく振る舞おうとするその様子に、将臣は苦笑を浮かべると、望美の頭をがしっと両腕で脇に抱え込み、頭のつむじを拳でぐりぐりと小突いた。
「痛っ! い、痛いよ、将臣くんっ!」
「お前なー、俺の前で無理して笑うなっつてんだろ。何度言わせんだっつうの」
「いたい痛いっ! ギブギブッ!」
「おしおきはギブアップ受け付ねぇの」
「ええっ! なにそのルール! ありえないよぉ!」
「もう無理しないって誓えよ。そしたらやめてやるから」
「うーーっ。わかった! もう将臣くんの前ではカッコつけません! 一番かっこいいのは将臣くんだけですっ!」
叫ぶように告げると、首に回っていた戒めがするりと解かれた。首もとをさすりながら将臣を見上げると、彼は満足そうな笑みを浮かべ、腰に手を当てていた。
「そうそう。最初っからそういう態度でいりゃあいいんだ」
「……おーぼーなとこは、全然成長してないんだから」
悔し紛れにつぶやいてみたが、将臣はアハハと笑って望美の頭をくしゃくしゃっと撫でた。
「…将臣くんは、こっちに来てからいろいろ思い出さなかった?」
望美が問いかけると、将臣は目を細めて頭をかいた。
「最初のうちはな。でもそのうち、こっちでやることがあんまり多すぎて、いちいち思い出してる暇もなくなった。で、気がついたら、すっかり忘れてたっていうか」
そう言うと将臣は、ばつが悪そうに目を細めた。
「正直言うとな。お前の夢を見始めたここ最近まで、あっちのことは殆ど忘れてたんだ」
「え?」
望美が驚いて声を上げると、将臣はくくっと笑った。
「いや、俺があっちの世界の人間だってのはさすがに忘れなかったぜ。けどクラスメイトの顔とか、バイト先の先輩や近所の人たちの名前なんかが、ふとした時に思い出そうとしても、どうしても浮かばなくてさ」
望美が黙って見つめる前で、将臣は腰掛けている砂浜の後に腕を付くと、上体を軽く持ち上げるようにして空を仰いだ。
「高校生活って、すげぇ長かった気がする。けど、こっちに来てからの三年はえらく早くて、気がついたら過ぎてたって感じだ。なのに、こっちにくるまでの記憶がこんなにおぼろげになっちまうんだから、きっと長い時間だったんだな」
「そっか……」
呟くと望美は、自分の両ひざをぎゅっと抱えた。
そんなに長い時間を、この幼なじみは独りで生き抜いてきたのだ。知る人の誰もいない、この戦乱の時空(とき)を、たった独りで。そのことを思うと、自分のことのように胸が苦しくなり、望美は抱えたひざの間に顔をうずめた。
「将臣くん……」
「ん?」
こちらを見ているだろう将臣の視線を感じ、望美はぎゅっと腕に力を込めた。
「ごめん。泣いても、いい?」
怪訝そうに首をかしげる将臣の前で、望美は沸き上がってくる涙をこらえられなくなって嗚咽した。
「なんか、悲しくて悔しい。将臣くんが辛いときに私、側にいられなかった。それがすごく……悔しい」
「……ばーか」
肩を震わせている望美の頭を、将臣はまたくしゃっと撫でた。
「お前が今さら泣いてどーすんだよ。もう過ぎたことじゃねぇか」
「でもっ……悔しいんだもんっ。なんにも出来なかったかもしれないけど、一緒にいたかったよ。そしたら私たち……敵同士じゃなかった」