きみの、となり

(6)

「――思うた通りじゃ」

将臣が着物の上にそれを羽織ると、清盛は満足げに目を細めた。

「うむ、よう似合うておるぞ。重盛めはきらびやかなものを厭うたが、深紅はあやつに合うと思うておったのじゃ」

「だから、俺は重盛じゃないって何度も言ってるでしょう?」

苦笑交じりで将臣が答えて振り返ると、清盛はふっと笑みを浮かべた。

「わかっておる。だが、そちはまこと重盛によう似ておる。そうしておると……ほんにあやつめが還ってきたのではと…」

言いかけた言葉を清盛は呑み込むと、微かに首を振ってからすっと顔を上げた。

「将臣。陣羽織とはの、初陣を迎える息子に、父親が最初に贈る物のひとつじゃ」

「じゃあ……いくさが、始まるんですか?」

清盛の言葉に、将臣が不安げに顔を上げた。

平家に身を寄せるようになってから、太刀の使い方や戦い方などといった戦場に必要な技能は教えてもらっている。それでも、平和な世界から飛ばされてしまった将臣にしてみれば、進んで戦場に出たいとは思わないし、人を斬ることも嫌だった。

だが、それが平家のためであれば仕方がない。自分がどこまで役に立てるかはわからないが、せめて知っている知識を役立てるくらいはしたい。

そんな考えが表情に出たのだろう。清盛はしばし将臣の顔を凝視すると、また不意に相好を崩した。

「安心せい、そちを戦場に駆り出そうなどと思うてはおらぬ。そも儂がおるかぎり、我ら平家に盾突こうなどという痴れ者もおらぬしな」

あきらかにホッとした表情を浮かべる将臣に、やはり戦嫌いだった重盛の姿を重ねながら、清盛はしみじみと彼を見つめ、やがてぽつりと呟くように言った。

「まこと、そちのために誂えた如くじゃな……どうじゃ。その陣羽織、受け取ってはもらえぬかの?」

「ですが……これは、俺のためじゃなくて」

今は亡き小松内府重盛?清盛が愛してやまなかった息子?のために作られたもの。息子へ父の志を伝える陣羽織。そんな大切なものを、いくら似ているからと言って、自分のような異邦人が受け取っていいものだろうか。

だが清盛は、思案顔を浮かべる将臣の前に置かれた杯の中に、酒をゆっくりと満たしながら、ゆったりと笑った。

「なんの。将臣、そちだからこそ受けて欲しいのじゃ」

「お館さま……」

「息子の晴れ姿を見てみたいという、せんなき父の願い。……叶えては、くれんかの?」

言って清盛は自分の杯も酒で満たすと、それを取り上げ、ゆっくりと飲み干した。

あの時うなずいたことを、今も後悔はしていない。

それからほどなくして清盛は身罷り、だがすぐに怨霊として甦った。だが復活した清盛は生前とは姿も心も変わってしまっていて、なにより将臣のことを『甦った重盛』としか思っていなかった。

それを寂しく思ったこともあったし、『重盛』としての器量を要求されることが重荷になったこともあった。それでも将臣はあの陣羽織をつねに身につけ、『還内府・平重盛』を演じ続けた。

迷い込んだ野良犬のような存在だった自分に、居場所を与えてくれた平氏のため。そして自分のことを『息子』と呼んでくれた、世間の風聞からは想像も出来ないような優しい『父親』の笑みを浮かべた、あの日の清盛のために――。

「将臣くんと幼なじみだったのも、私。源氏の神子だったのも、私。そしていま、こうして将臣くんの隣にいるのも――私。どれが欠けても、私は私じゃなくなっちゃう」

「望美…」

「将臣くんも……どの過去の将臣くんが欠けても、私の隣にいてくれる将臣くんじゃなくなっちゃう。……だから」

言うと望美は、ゆっくりと身体ごと将臣の方に向き直り、彼の膝の上にある深紅の陣羽織をきゅっと掴んだ。

「忘れるんじゃなくて、捨てるんじゃなくて……それを乗り越えていきたい。『還内府だった将臣』と『源氏の神子だった望美』のまま、二人一緒に歩いていこうよ。ずっと、ずっと……一緒に」

将臣はしばらく望美を見つめていた。ただ無言で、強い光を宿している彼女の瞳を見つめ返した。そして深く息を吐くと望美の身体を強く抱きしめ、長い髪に顔をうずめるようにして頬をすり寄せた。

「……ったくお前は。時々、そういうドキッとするようなこと言うから始末が悪いぜ。……ずるいヤツ」

「……あはっ。私もさっきそう思ったよ。将臣くんってずるいな、って」

「じゃ、おあいこか」

「そうだね」

お互いに笑いながら、将臣は望美を、望美は将臣をぎゅっと抱きしめた。

今ここで、お互いがお互いの隣にいられる奇跡に、感謝しながら――。

いつか自分たちに子供ができたら――。その時は、この深紅と白の陣羽織を見せながら、思い出話を聞かせてやろう。

遠くて近い、遥かな時空を越えて掴んだ、二人の物語を――。

おわり