「それにしても、こんなに暗くなるまで気がつかないほど夢中になっていたなんて、藤姫と一体なんの話をしていたのだい?」
友雅は寄り添うように肩に頭を預けるあかねをちらりと見ながら、膝の上に乗せられていた少女の手を再び取る。
「おとぎ話をしていたんです」
「おとぎ話?」
友雅が軽く首を傾げると、あかねは寄り添っていた顔を上げて友雅に向き直って軽く頷く。
「天女の羽衣、って知ってますか?」
「……いいや?」
「天から降りてきた天女がね、水浴びをしてる間にある男の人に羽衣を取られちゃうんです。その羽衣がないと天女は天に帰れない。だから返してって頼むんですけど、男の人は知らないって言うんですよ。それで結局、天女は男の人と結婚して地上に残る……っていうお話」
あかねはそこまで言うと、黙って自分を見下ろしている友雅に軽く微笑みかけた。
「藤姫の格好って天女みたいでしょ? あのふわふわ?っとしたのが羽衣みたいって言ったら、藤姫が『それはどういったお話ですか?』って。だから教えてあげていたの」
友雅はあかねの笑顔に答えるように軽く微笑むと、先を促す。
「それで、天女はどうなったんだい?」
「それからだいぶ経って、ある日天女は偶然羽衣を見つけるんです。男の人は天女の事を好きになっちゃって、彼女を帰したくなくて羽衣を隠してたの。そして羽衣を取り返した天女は、そのまま天に帰っていきました、っていうのが天女の羽衣のお話」
ふふっと照れ臭そうに笑うと、あかねは視線をすっと空に浮かぶ月へと向ける。
「……ホント言うと、ハッピーエンドじゃないからあんまり好きなお話じゃないの」
「神子殿…」
友雅は目を細めてあかねを見つめていたが、不意に上体を動かしたかと思うとあかねを背後からぎゅっと抱きしめ、少女のさらさらと流れる髪に顔を寄せた。
「……と……もまさ、さん……?」
「私がその男だったら……同じことをしただろう。君を帰さない為に、君の羽衣を隠して……。きっとその羽衣を燃やしてしまっただろうね。そうすれば天女は……君は天には帰れない。ずっと私の側にいてくれるだろうから……」
あかねは恥ずかしさよりもなによりも、友雅の子供のような行動に驚いてしまい、しばらく動くことが出来なかった。しかし、やがて泣きそうな顔で無理に微笑みながら友雅の手にそっと触れる。
「友雅さん、私は天女じゃないよ。私は自分の意志で残ったんだもん。それにもし天女だったとしても……私の羽衣を取ったのが貴方だったら。貴方だったから……きっと、ううん、絶対、天になんか帰らない。ずっとずっとここにいる。『あそこはもう私の世界じゃない。ここが……貴方のいるこの地上が、私のいる場所。この世界が故郷よ 』って笑いながら、ふたりで天を見上げてるわ」
「……あかね」
友雅が耳元でそう囁くと、あかねはびくんと身体を震わせ顔を伏せる。まだこの人に名前を呼ばれることに慣れていない。
大胆に「貴方のいるところが私の居場所」などと言う癖に、名前を呼び捨てにされると恥ずかしくてまっすぐに友雅の顔を見れないところは、まだまだ子供っぽい。
あかねはそう自覚しているものだから、気恥ずかしさにますます身体を堅くして顔を朱に染めた。
すると、耳元でクスクスという軽い笑いが起こる。驚いて顔を上げて振り返るあかねの目に映ったのは、微かに顔を逸らして、肩を震わせている友雅の姿だった。
「と、友雅さんっ!! またからかったのねっ!!」
「いや、最初の言葉は本当だよ。だが、君の反応があまりにまっすぐで可愛らしくてつい、ね」
「友雅さんっていっつもそうなんだからぁ! 私が真面目に話してるのに、いつもそうやって私をからかってばっかり。もうっ!」
「怒ったのかい、姫君?」
「……知らないっ!」
あかねはそう叫ぶと友雅の手を振りほどき、庭先にぽんと飛び降りる。そして数歩進んだところでくるりと振り返り、友雅に向かって可愛い舌をぺろりと出してみせる。
「おやおや。そんな顔をしては麗しい顔が台なしだよ」
「べ?っだ!」
あかねはそう言うと再び友雅に背を向け、右手を上げて顔にかざしながら月を見上げた。
そんな少女の背中を見つめながら友雅は苦笑する。
「確かに大人にはほど遠い姫君だ。だがいつか……かぐや姫もかくやと思われる程の女性になると私は思っているのだよ。そんな期待を裏切らないでおくれ、私の天女殿……」
友雅の小さな呟きは夜風に吸い込まれてしまい、とうとうあかねの耳には届かなかった。