走りに走ってようやく天真が立ち止まったのは、あかねと詩紋、そして自分の三人が最初にこの地に降り立った場所でもある神泉苑だった。
池のほとりでようやく立ち止まった天真は、あかねをすとんと下ろすと、肩で大きく息をつきながらその場に座り込み、手足を伸ばしてごろんと仰向けに横たわった。
「ハァ、ハァ……何で俺らが逃げなきゃなんねえんだよ……冗談じゃねぇ…」
そうぼやくと真正面から自分を照らす太陽の光に顔を僅かに歪め、腕を持ち上げ目の前に翳しながら呼吸を調えた。
先程の喧騒がまるで別世界の出来事にも思えるくらいこの場所は静かで、時折心地よい風がサワサワと吹いてきて上気した頬を撫でていく。
『……なんかここに来るのって、すっげぇ久しぶりな気がする。そんなに時間が経ったわけじゃないのに』
突然引きずり込まれた雅な世界。
今まで自分が暮らしていた場所とはまるで違うこの世界にいる事に、違和感を感じなくなったのはいつからだったろう。
もし、自分だけがここにいたとしたら? たった独りでここに連れて来られたのだとしたら、果たしてこんなに早くここに馴染むことが出来ただろうか?
『……無理だろうなぁ、俺独りだったら。すべてを否定して逃げ回って。今頃は、この世界のどっかでのたれ死んでたかもな』
くすっと軽く笑うと、天真はすっと目を閉じる。
『俺が迷わずにここにいるのは……今まで生きてこられたのは、おまえがここにいたからなんだぜ、あかね。蘭を探すためにここに残ったのは、ただのきっかけ。あいつも大切だけど、目の前におまえがいるっていう事が俺には一番大事なことなんだ。なのにこいつ、ちっとも気が付いてないんだろうなぁ……』
はぁーっと軽く息を吐き出し、再び腕を翳して光を遮る。するとその腕自体を光から隠す影が現れた事に気が付いて、天真はうっすらと目を開けてみた。
「天真君、大丈夫?」
あかねが心配そうに腰を僅かに屈めて、自分を上から見下ろしている。しばらく目を細めてその姿をじっと見つめていた天真は、手を翳したままぽつりと呟いた。
「……おまえってさ……似てるよな」
「え? 何に?」
あかねの問いかけに、天真は翳した手をすっと伸ばして天を指差す。あかねの視線はその指先を辿り、天真が指差す中空を見上げてその眩しさに目を細めた。
「……太陽?」
「そ。おまえ、あれに似てるよ」
「そ、そう?」
あかねが首を傾げると天真は勢いをつけて上体を起し、胡座をかいた。
「いつも全力投球って言うかよー。そんなに必死で頑張んなくったって、周りは十分光に満たされてるってのにさ、いつだって無駄なくらいぎらぎら輝いてるだろ?」
「それって……誉めてないよ?」
あかねはぷうっと膨れると、ぺたんと天真の隣に座り込んでそっぽを向く。天真はそんなあかねの百面相を楽しんでいる様ににやりと笑った。
「そういうとこが似てるんだよ。怒るときも笑うときも泣くときも、おまえはいつだって全力疾走するだろ? 見てるとすっげぇ面白いぜ。そしていつの間にか……目が放せなくなるんだ。そこにあるのが当たり前になっちまって、その大切さがわからなくなってるけど……なくなって初めてどれだけ大切だったかがわかる。でも太陽自身は、周りの惑星がどれだけその存在を大切に思ってるかなんてまるで気が付いちゃいない。ただただ一生懸命にすべてを照らして命を育んで……そういうとこも太陽にそっくりだ」
天真の急に真面目になった声音に、さすがのあかねも胸がどきんと早鐘をうち始め、顔を伏せたままゆっくりと振り返って天真を見上げてみる。
「…天真…くん?」
伺うようなあかねの声に、天真は不意に表情を緩めるといつもと同じ少し馬鹿にしたような笑みを浮かべながら口を開いた。
「なぁに間抜け面して見とれてんだよ。そんなに俺って良い男か?」
にやにやと笑いながら逆に顔を覗き込まれ、あかねは真っ赤になってそっぽを向いた。
「も、もうっ! ……ちょっとは感心っていうか感動してあげたってのにっ!!」
「ちょっとかぁ? さっきの顔はかなりまんざらでもないって感じだったぜぇ?」
「だ、誰がっ!!?」
あかねは本格的に膨れると、天真に向かって完全に背中を向けた。天真はしばらく面白そうにくっくっと笑っていたが、笑いが治まると髪を掻き上げて伸びをひとつしてよっと立ち上がる。そして着物についた草の屑を払いながら、まだそっぽを向いているあかねの背中に声をかけた。
「そろそろ帰ろうぜ。まぁた藤姫が大騒ぎしてるだろうし。たまには早く帰ってやった方がいいもんな」
しかしあかねは反応を示さず、こちらに背を向けたままだった。天真は呆れたように軽く笑うとすたすたとあかねの前に回り込んで膝を曲げて顔を覗き込んでみる。
「ホラ、いつまでも拗ねてんじゃねぇよ。おまえは“龍神の神子”なんだろ? その神子を守る“八葉”の俺が言ってんだからちゃんと聞いたほうがいいんじゃないのか?」
あかねは薄く笑う天真を上目遣いに睨み上げる。
「天真君、ずるいよ。こんな時ばっかり八葉になるんだもん」
「ずるくなきゃなぁ、おまえみたいなドジを守りきれるかってんだ」
天真はふふんっと勝ち誇ったように笑うと、あかねが地面に着いていた手をとって立ち上がらせた。そしてその手をしっかりと握り直すと、そのままずかずかと歩きだす。勢いあかねは引き摺られるようによろめきながら辺りをきょろきょろと見回し、赤くなって抗議をする。
「て、天真君ってば! 一人で歩けるから離してよ。恥ずかしいからっ!」
「さっきは俺が一人で歩いてった?っておまえ拗ねてたじゃないか」
「拗ねてなんかいないわよ。私の前を天真君が勝手に歩いてるって言っただけじゃないの?」
「だからその後言っただろ、おまえを守ってやるって。おまえだって守ってくれって言ったじゃねぇか。だから守ってやってんだよ、転ばないようにってな。一人で歩かせたら、おまえ平地でも転ぶんだもんな」
「そんなにドジじゃないよ?、もうっ!!」
天真は暴れるあかねの手を引いて歩きながら考えていた。
『そうか?、この手の鈍い女は強引にいくべきだったんだな。さりげないアプローチじゃわかんねぇんだ。……他の奴らのこいつを見る目もなんとなーく怪しくなってきてるしよ。ったく、八葉でございますなんて偉そうに言ってるくせに、どいつもこいつもっ!! けどまずは先手必勝のスキンシップからだな。この時代のやつらは手を繋ぐなんて人前ではしねぇだろうから一歩リードだぜ!』
ふっふっふと怪しい含み笑いを漏らしながら歩く天真に引きずられながら、あかねは背筋にぞくりと冷たいものを感じて思わず振り返ってしまった。
頼久につっかかった後「こんなとこにいるのはもう沢山だっ!」と叫んで肩を怒らせながら屋敷を飛びだした天真と、「誰か供の者を…」とおろおろする藤姫に向かって「余計に話がこじれちゃうから。大丈夫、私に任せて。」と優しく制し、天真を単身追って行ったあかね。
しかし、天真が逃げようとするあかねの手をひっぱって屋敷に戻ってきたと聞いて、藤姫の頭の中にはたくさんの疑問符が飛び交っていた。