「……ついてくんなよ」
「ついてってるわけじゃないよ。天真君が私の前を歩いてるだけだもん。……あ、ねぇねえ、見て! かっわいい?!!」
鬱陶しいからといってはだけていた天真の上着の袖をぐいっと引っ張り、あかねは道端で小石を蹴って遊んでいる子供たちを指し示した。着物をズルズルと引き出された天真は慌てて帯を抑え込んで前屈みになって怒鳴る。
「わっ、バカッ! 何すんだっ!!」
「ほらあの子。偉いよね?、あんなに小さいのに赤ちゃんを背負ったまま遊んでるなんて。きっとお父さんやお母さんが働いてる間、あの子が兄弟の面倒をみてるんだよ。偉いなぁ?、文句も言わずにお手伝いしてるなんて」
あかねは心底感心したように何度も頷くと、ぱっと天真の袖を掴んだ手を離して遊び戯れる子供たちの輪に近づいていった。それを見た天真は慌てて着物を直すと、あかねの後ろ姿に向かって叫ぶ。
「おいっ、一人で勝手に行動すんなっ! なんかあったらヤバイだろ!」
天真の叫び声に、あかねはぴたりと立ち止まるとくるりと振り返って怪訝そうに首を傾げた。
「一人でって……。私、ここまでくるのも一人だったんだよ? 天真君は私の前を歩いてただけ。そうでしょ?」
言葉に詰まる天真の側にとととっと駆け戻ると、あかねは天真の顔を無邪気に覗き込む。
「それとも天真君、ここまで来るのに私を守ってくれたつもりだったの? ついてくるなって怒ってたんじゃないの?」
「そ、それは……。そ、そんな事言ったってなぁ! 実際問題ほっとけるわけないだろ!? おまえときたらおっちょこちょいで危なっかしくってよ……誰かが守ってやらなきゃ…」
あかねにじいっと凝視された天真は、苦し紛れについ本音をぽろりと漏らす。それをあかねが聞き逃すはずはなく、更に詰め寄ると彼の袖を再び両手でぎゅっと掴んだ。
「誰かって誰? 天真君は守ってくれないの?」
「そ、そりゃあ……おまえがそうして欲しいってんなら……俺が守ってやってもいいけどよ」
「ホント?」
「……ああ」
「天真君が守ってくれるのね?“地の青竜”の天真君が“龍神の神子”の私を守ってくれるのね?」
「チョットマテ……」
それまでしどろもどろに答えていた天真は、あかねの言葉にえ?と首を傾げて少女を見下ろした。
しかしあかねはそんな天真の表情とは対照的に、ぱあっと安堵の色を顔全体に浮かべて破顔する。
「よかったぁ。『俺はもうこんな事にはつきあってられねぇ!』って飛び出しちゃうんだもん。どうしようって思ったよ。ああよかった、天真君が戻るって言ってくれて」
「言ってねぇぞ、んな事っ!」
「だって“八葉”として私を守ってくれるっていま言ったじゃなぁい!」
「だからそれはなぁっっっ!」
『“森村天真”が“元宮あかね”を守ってやるって意味に決まってんだろうがっ!!』
天真がもどかしげに身を捩りながら拳を握りしめている様子をしばらくじいっと見ていたあかねは、やがて得心がいったようにぱんと手を軽く叩き、心持ち頬を赤らめて視線を逸らした。
「ゴ、ゴメン……。いいよ、ここで待ってるから早く行ってきて」
「……なんの話してんだよ?」
「え? ト、トイレじゃないの? だって天真君なんだかもじもじしてるから……」
「おまえなぁっっっっ!!」
あかねが天然ボケ女だという事は、この世界に来る前からなんとなくわかっていた。しかしここまで鈍いとは……。
『ほぼ毎日、朝から誘いに行ってるんだぜ? 物忌みの時だってずーっと側にいてやってるし、怨霊と戦ってる最中だって、どさくさとはいえかなりこっぱずかしい台詞だって言ってるのによ?っ! それでなんで気がつかねぇんだよ、この大ボケ女?っっ!!』
天真はくっと唇を噛んだ後、もう我慢の限界とばかりにすうっと息を吸込み、拳を握りしめてあかねを睨みつけたまま口を開いた。
「いいか、あかね! よく聞けよっ! 俺はなぁっ、おまえになぁ……っ!」
『惚れてんだよ! わかったか、このバカッ!!』と叫ぼうとして、周りのあまりの静寂振りにはっと我に返って恐る恐る辺りを見回した。
連日鬼の跳梁が続く京の街だが、人々の営みがある事は変わらない。少し開けた場所には市がたつし、そうすれば人も集まり賑わうこととなる。
天真とあかねが連れ立って(?)辿り着いたこの一条戻り橋も「現世と常世を繋ぐ橋」などという物騒な噂のある場所だが、昼間は近隣の農民が自分の畑で摂れた作物を幾許かの銭に換える場所であり、市中に住み暮らす庶民達にとっては、自分達のささやかな食卓を飾る食べ物を贖う場所となる。
人々が行き交い、談笑しあい、情報を交換しあい、お互いの安寧を悦びあうこの橋のたもと付近に静寂が訪れるなど、鬼が出没する言われる夕刻以降でもない限りまずない事といえる。
しかし太陽が空にさんさんと輝くこの時間、あかねと天真を遠巻きに見守る群衆はまるで時間が止まったかのように息をのみ、ふたりに視線を注いでいた。
しーんと静まり返った昼日中の市の一角。吹き抜ける風がサワサワと鳴らす木の葉の囁きさえも、やけに耳につく静寂の中。
突然天真はあかねの右手をがしっと掴むと、群衆を睨め付け一喝した。
「見せもんじゃねぇぞ、てめえらっ!!」
そして相手の反応を確認する間もなく、あかねを強引に引っ張って走り出した。
「て、天真君っっっ!」
前のめりになって転びそうになるあかねを慌てて支えると、天真は舌打ちをひとつしてひょいとあかねの腰をつかんで小脇に抱え、走る速度を更に上げた。
「き、きゃあぁ!!」
「大げさな悲鳴を出すんじゃねぇっ! 俺が人さらいに見えるだろっ!?」
きゃあきゃあと騒ぐ少女を抱えて走り去る珍妙な風貌の若い男。武士でもなければ貴族でもないその後ろ姿は、本人は激怒するだろうが「鬼の一味の人さらい」と言われても仕方がないものだった。