手裏剣アイコン

(1)

笠を被っていてさえ感じる日の光に、黒田官兵衛は眼を細めて顔を上げ、わずかに目を見張った。無言のまま足を速め、前を行く小さな影に追いついてようやく、確かめるようにゆっくりと唇を動かした。

「――佐吉」

すると己の名を呼ばれた小さな影はびくりと肩を震わせ、肩越しに振り返ってから身体の力を抜いた。

「か、官兵衛殿でしたか」

そのまま官兵衛は石田佐吉の隣に並ぶと、歩調を緩め少年の歩幅に合わせて足を運び始めた。

「お疲れさまでございました。いまお戻りですか?」

「ああ…秀吉様はご在勤だろうか?」

官兵衛の言葉に佐吉は軽く眉をひそめると、手にしている包みを両手で抱え直した。

「少なくとも私が邸を出る時には、机に向かわれていましたが…さて、いまはどうしておられるか」

主への不満とも取られかねない発言をする佐吉を、官兵衛はとがめることもなく、むしろ同意するかのように微かな笑みを浮かべた。

「そうか。ではいまも部屋におられるよう、道々祈りながら帰るとしよう」

「そうですね。では、私もそう念じることにします」

言ってむうっとしかめっ面を浮かべる少年の横顔を見つめていた官兵衛だったが、ふと表情を戻した佐吉の瞳に影が落ちたことに気づいて軽く目を見張った。

しかし佐吉は官兵衛の視線には気づかぬ様子で、風呂敷包みを抱え直し忙しなく足を動かしている。恐らく自分の歩調に官兵衛が合わせていることに気がついて、気を使って早く辿り着こうとしているのだろう。

そんな佐吉から視線を正面へ移した官兵衛は、編み笠の前の端を指で掴んで日差しを避けるように軽く引きながら口を開く。

「佐吉。なにかあったのか?」

「え…なにかとは、あの…?」

一瞬面食らったように視線を彷徨わせた佐吉の様子に確信を得た官兵衛は、歩みを止めると笠を斜めに上げ、改めて隣の少年に向き直った。

「聡いお前のことだ、常ならば俺の問いの意味をすぐさま看破し、的確な返答をしていただろう。しかしいまのお前は、俺の問いに逡巡した後に問いをもって返した。それこそ、つまりお前にやましいこと、答えられぬ案件があるという証だ」

官兵衛の淡々とした言上に、佐吉は気まずそうに眉根を寄せたが、やがて観念したのか小さく息をついた。

「やはり私ごときが、官兵衛殿を誤摩化し通せるものではありませんね…」

言って口をつぐんだ佐吉は、またため息をついてから改めて口を開いた。

「明智様のお屋敷に書簡をお届けした帰りしな、坊丸殿にお会いしたのです。いつものように他愛ない話をしておりましたら、そこへ力丸殿がいらっしゃって…」

 

息を切らせて駆け寄ってきた力丸は、佐吉への挨拶もそこそこに兄の坊丸を見上げると、口角をきゅっと持ち上げて笑ってみせた。

「兄上、お聞きください! 先ほど蘭丸兄上が、信長様にお取りなしくださったのです! 我らの元服の折りには、信長様が烏帽子親になってくださるのです!」

「え? ええっ!」」

驚いて息を飲む坊丸の隣で、佐吉もまた興奮気味に身を乗り出した。

「り、力丸殿、もう元服なさるのですか?」

すると力丸はすぐに眉尻を下げ、小さく微笑んだ。

「あ、いえ。いますぐではなくて…いずれその時が来れば、の話です」

「い…いずれ?」

ぽつりと佐吉がおうむ返しに声を漏らすと、それまで眼を見開いていた坊丸が、ほーっと肩の力を抜いて頭を掻いた。

「なぁんだ…まったく驚かせるな、力丸」

兄の呆れたような物言いに、力丸はむっとした表情を浮かべて佐吉から坊丸へと視線を動かした。

「なんだではありませんよ、坊丸兄上。我らの元服の話なのですから、これ以上重要なことはないではありませんか! しかも信長様が御自ら烏帽子親になってくださるとおっしゃってっ…」

「わかったわかったって。そう興奮するなよ」

くしゃりと弟の頭を撫でる坊丸は、困ったような笑みを浮かべていたが、頬が興奮でほんのりと赤みを帯びている。この二人にとって、信長が烏帽子親になるというのは、それほど嬉しいことなのだろう。

はしゃぐ力丸をなだめつつ、自身も笑みを絶やさない坊丸の様子に、佐吉はただ羨望の眼差しを向けるしか出来なかった。