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不得手

(1)

「秀吉殿は、なにか苦手なものはあるのですか?」

「なんだい、やぶからぼうに。もしやオレの苦手を聞き出して、弱点を突こうって魂胆かい?」

からかうように秀吉が口角を上げて告げると、隣で正面を向いて歩いていた桔梗が顔をこちらに向けて軽く眉をひそめた。

「いまさら、あなたの弱点など突く意味がないでしょう? 純粋な好奇心からお聞きしただけです」

「あくまで好奇心ですから、別にお答えくださらなくてもかまいませんけれど…」と付け足して視線を逸らす桔梗に、秀吉はくっとのどの奥を鳴らしてから彼女の背に腕を回した。

「まぁそう怒りなさんな、お姫さんよ。どんな形であれ、オレに興味を持ってくれてるってのが嬉しくて、つい軽口が出ちまっただけなんだからさ」

言いながら彼女の背をさわさわと撫でさすり、お約束どおり手の甲を抓られた秀吉は、大げさに肩をすくめて声を上げた。

「いててっ! 相変わらず身持ちが硬ぇなぁ、オレの未来の嫁さんは」

「まだそうと決まった訳ではありませんっ!」

ぷいっと横を向く桔梗の耳たぶは紅に染まっていて、秀吉はその愛らしさに手の甲をさすりながら目を細めた。

すると桔梗は秀吉から視線を逸らしたまま小さく息を吐き、ちらと横目で秀吉を伺い見てからもう一度ため息を漏らした。

「秀吉殿が羨ましいです。どうすればあなたのように、弱い部分を人に悟られずにすむようになるのかわからなくて…これでも忍びの端くれだというのに、本当に情けなくて…」

「そういうとこが、あんたらしいいいところじゃねぇか。真っ直ぐで真っ正直で曇りのない、最高にいい女だとオレは思ってるぜ」

軽く笑いながら秀吉が頭を撫でてやると、桔梗は先ほどとは違って頬を染め嬉しげに目を細めた。

「あ、ありがとうございます…ですが、私が言いたいのはそういうことではなくて」

「忍びたるもの、いついかなるときも、冷静で冷徹に任務を全うせねばならない。感情をみだりに面に表すなど言語道断、忍びたる資格なし!…とまぁ、こう言いたいわけだな?」

どこで覚えたのか、寡黙な師匠に似せるかのように声を押し殺して薫陶を述べる秀吉の様子に、桔梗は目を丸くして見入ってしまった。

「あ、あの…秀吉殿…も、もしかして」

「ん、似てたかい? 会ったこたぁねぇけど、あんたが師匠の話を色々聞かせてくれたから、こんな感じなんじゃねぇかなぁって、ちっと真似してみたんだが」

「す、すごいです! 話し方も目つきまでそっくりで驚きました!」

「ははっ、そうか! オレもなかなかやるだろ?」

「はいっ! 本当に師匠にお話していただけたみたいで、とても嬉しいです。懐かしい…なんだか師匠にお会いしたくなってしまいました」

「そいつぁ、ちっと嬉しくねぇけど。まぁ、あんたが喜んでくれたんならよしとするか」

苦笑いを浮かべる秀吉の横で、桔梗はにこにこと実に楽しそうに微笑んでいた。その笑みに秀吉も釣られるように眉間に寄せた皺をほどき、両手を頭の後ろで組んで天を仰いだ。

「まぁ確かに、お姫さんは腹芸は苦手そうだよな。嬉しい時はとびきりの笑顔になっちまうし、寂しい時は抱きしめたくなるくらい悲しそうな顔しちまうし…媚びた笑みを浮かべていても、胸のうちじゃ冷淡に相手を殺す算段するなんざ、到底出来ねぇだろ?」

すると桔梗は顔を一瞬引きつらせ、恨めしげに秀吉を見上げると軽く口を尖らせた。

「で、できます、それくらい! いくら得手ではないと言っても、私も忍びとしてこれまで生きてきたのですよ? 命を奪うのは確かに苦手ですが、男を篭絡するくらいならば私だって!」

そんな桔梗の言葉に秀吉は一度目をむいたが、すぐに口元に薄い笑みを浮かべると両手を下ろし、上体をかがめて桔梗の顔を覗き込んだ。

「へぇ…そんじゃ、オレで試してみてくんねぇ?」