手裏剣アイコン

つなぐ手と手

(1)

――やっぱ、城下が賑わってんのを見るのは好きだなぁ。

そう告げるといつも、生真面目一辺倒な小姓は渋面を浮かべて口をつぐんだ。その不器用な真っ直ぐさが好ましくもおかしくて、秀吉は少年の表情を思い出しつつ口元に笑みを浮かべ、のんびりと安土の城下町をうろついていた。

いつになく笠を目深に被り、地味な色味の麻地の物を身にまとっている所為か、誰もそれが羽柴秀吉であるとは気づかないらしく、声をかけてくる者はおろか、馴染みの店の軒先を通り過ぎても視線を向けてくる者さえいない。

誰もが彼のことを「通りすがりの一介の旅人」だと認識しているのが楽しくて、わざと馴染みの茶屋の前をうろうろしてみるのだが、店の女将は気にした風もなく忙しく立ち働いている。しかし、しばらくして顔をふと上げると、怪訝そうに眉をひそめて腰を屈めてこちらを覗き込んできたものだから、秀吉は慌ててきびすを返すとそそくさとその場を立ち去った。

自分で巻いた種ではあるが不審に思われないよう二つ目の角を曲がったところで壁にもたれた秀吉は、誰も後を追ってこないのを確認してから笠を取り、小さくため息をついた。

「いやぁ、あぶねぇ、あぶねぇ」

手にした笠を団扇のように動かして顔を仰いだ秀吉は、軽く首を廻しながら天を仰いだ。

「まぁ、ばれたところで困るこたぁないが……」

言いながら笠を再び頭に乗せ、秀吉はそっと壁から通りの方へ顔をのぞかせると辺りをきょろきょろと見回した。

「しかしオレだとわかった日にゃあ、いろいろ見られなくなっちまうってのも事実だからな。いくら仲が良くても、上の連中に見られたくないことなんざゴマンとあるだろうしなぁ……」

誰に言うでもなく呟いて秀吉は、笠の端をぽんと指先で弾いた。

その辺りの町の連中の心情は、元が農民である秀吉には容易に想像がつく。表面上は安土界隈の武家に対し気さくに接している町民たちも、彼らに打ち明けていない諸々や決して話せない事情も沢山あるはずなのだ。それが悪いとは言わないし、話してもらったところでこちらにも出来ることの限界はある。だがそういった「民草の事情」を心得ているかまったく感知しないでいるかでは、後々の対処や対応がまるで違ってくる。そしてそういう下々の情報を把握するのは、恐らく自分が最も適任なのだと秀吉は自負している。

そんなことを考えながら秀吉は、改めて編み笠を深めに被り直して顎の下で紐をきゅっと締めた。

「せっかくだ…久しぶりに裏道でもぶらついてみるか」

ぼそとつぶやいた秀吉は再び辺りを見回しながら笠の先を軽く指で弾くと、腰の刀の柄に手を添えて身体を丸めるようにして歩き出した。