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未来予想図

(5)

「もうっ! 秀吉殿っ!」

「あんたが往生際が悪いんだって。もう逃げ場はねぇんだからさ、おとなしく食べとけって」

上目使いに秀吉を睨んでいたほたるだったが、やがて肩を落としてため息をつくと口を開け、啄むように秀吉の指先の牡丹餅の欠片を口にした。

秀吉は満足げな笑みを浮かべてほたるを見つめ、それから伺うように目を細めた。

「どうだい? 初めて作った菓子の味は?」

するとほたるは何度か租借してから小さく喉を鳴らし、視線を落として頬を染めた。

「自賛になるかもしれませんけど……美味しいです」

「だろう?」

にこりと笑って秀吉は、自分の指先についたあんこをぺろりと舐めた。その様子にほたるはまた目を丸くし、それからまた視線を逸らして顔を赤らめた。

「ん? どした?」

「な、なんでもありませんっ!」

照れ隠しに声を荒げたほたるは、顔を上げると秀吉を睨みながら腕を伸ばし秀吉の身体をぐっと押した。

「お、おい……?」

「もういいでしょう? お望み通り食べたのですから、離れてください」

ぐいぐいと胸元を押されて体勢を崩しかけた秀吉だったが、そんなことは物ともせず楽しげに笑うと、ほたるの両の手首をゆるく掴んだ。

「ははっ。わかった、わかったから、そう押さねぇでくれよ、お姫さん。照れちまってかっわいいなぁ」

「照れてなどいませんっ!」

知らず知らず熱を持ち始めた顔を隠すように目を伏せたまま、ほたるはがむしゃらに秀吉を押しのけようと腕を突っ張った。その様子に秀吉は苦笑しながら目を細めていたが、やがてほたるの手首を自分の方へ引くと彼女の身体を腕の中に抱き込んだ。

「ひっ! でよしっ、どのっ!」

「くくっ。色気のねぇ声、出さんでくれよ。名前を呼ぶときゃあ、ちゃんと呼んでくれ」

肩を震わせて笑った秀吉はほたるの背中を軽く叩き、諦めたのか隙をうかがっているのか、やけにおとなしくなったほたるの頭をそっと撫でた。

「ありがとうな。経緯はどうあれ、一番最初にオレのことを思い浮かべてくれたってのが、ほんとに嬉しいよ」

「毒味代わりででも、ですか?」

「おう、そんでも嬉しいぜ。つまりそいつは、一番オレを信頼してるってこったろ? 男冥利につきるじゃねぇか」

言って何度もうなずく秀吉を上目遣いに観察し、やがてほたるは表情を緩めるとくすくすと笑い出した。

「ほんとうに……おかしな人」

「そうかい? けど、一緒にいて退屈しねぇでいいだろ? だからさ、早いとこ嫁に来ちまいなって」

「どこが、だから、なのかわからないですけれど……」

ため息をついて身じろいだほたるは、それからまた小さな笑い声を立てた。

「……秀吉殿が築いていく未来では、みんなが笑っているような気がします」

「気がするんじゃなくて、そうするつもりだぜ。信長様が天下を統一して戦のない世になったら、武士も漁師も百姓も町人も、みんなが笑って生きられるようになる。オレが必ず、そうしてみせるさ」

言って秀吉はほたるの肩に手をかけて身体を離すと、穏やかな笑みを浮かべてじっと彼女の瞳を見つめた。

「そんときあんたが隣にいてくれたら、オレにとってこれ以上の幸福はねぇんだがな」

「秀吉殿……」

どう答えようかとほたるが躊躇ったちょうどその時、障子の向こうで人の気配がしたので、ほたるは慌てて秀吉の身体を押しのけて居住まいを正した。あと一押しというところを邪魔された秀吉はたちまち渋面を浮かべたが、すぐに「やれやれ……あと一息だったってのによ」と文句を言いながら頭を掻いた。

「秀吉様、姫様。茶をお持ちしました」

「おう、入んな」

すっかり立ち直った秀吉は改めて胡座をかくと、障子の方へ顔を向けて口を開いた。すると秀吉とほたるの視線の先で障子がゆっくりと開かれ、姿を現した佐吉が二人の視線に気づいて驚いたような表情を浮かべた。

「あ、あの…遅くなりました」

秀吉の拗ねたような表情と、ほたること桔梗姫の安堵したような笑顔を見比べた佐吉は、怪訝そうに眉をひそめた。

「いいえ。ちょうど良い案配でしたよ、佐吉」

「いんや、早すぎだ。もうちっとゆっくりしてくりゃいいってのによ」

「は、はぁ……申し訳ありません」

どうやら桔梗姫の窮地は救えたようだが、それは己の主の絶好の機会を潰したのと同義であったと悟った佐吉は、茶の乗った盆を持って立ち上がりながら、二人には気づかれぬようにそっと息を吐いた。