ヴァイオリンアイコン

人気者の君に妬く

(1)

夕食の時間、いつものように後輩の水嶋新の前の席にトレイを置いた火積司郎は、座る瞬間にちらっと後輩の背後に視線を向けほんの少し眉をひそめた。だが何を言うこともなく、やや乱暴に椅子を引いてどかりと座ると、ちょうどコロッケを口に放り込んだ新が火積に目を向けて首をかしげた。

「……あ。もしかして嫌いなおかずだったとか? んじゃ、オレがもーらい♪」

言いながら嬉しそうに火積の皿に手を伸ばした新だったが、その手の甲を火積に箸の持ち手の部分で叩かれて、悔しそうに手を引っ込めた。

「痛いなぁ。せっかく嫌いなおかずを食べてあげようと思ったのに」

「ガキじゃあるまいし、食い物の好き嫌いなんてねぇ」

呆れたように呟いてから茶碗を手にした火積は、ちらっと新を見る振りをして、また彼の背後に視線を送った。視線の先には、一つテーブルを空けて本来のこの寮の住人である星奏学院の生徒の一人が座って食事を取っていた。というか、正確にはそこに三名の部外者もいるのだが。

自分と同じ学年の芹沢睦。こちらに背を向け、先ほどから黙々と食事を取る彼はまあ許せる。しかし彼の先輩である東金千秋と土岐蓬生の存在は鼻についた。

セミファイナルで星奏学院に僅差で破れた神南高校の三人は、何故かその後もこの菩提樹寮に滞在していた。しかしそれは自分たち至誠館も同じだから、火積がそのことについてとやかく言う筋合いはない。

ないのだが、しかし彼らはセミファイナル終了後に星奏学院の演奏を褒め称えるだけでは飽き足らず、あろうことかセカンドヴァイオリンを立派に務めた小日向かなでを神戸に連れ帰ろうとしたのだ。

もちろんかなでは従いはしなかったのだが、それで諦めるような相手ではなかった。特に東金は、ついこの前まで彼女のことを「花がない」だの「地味子」だのと小馬鹿にした態度を取っていたというのに、セミファイナル後は手の平を返したように彼女に御執心な様子で、今日も食堂に入ってきた途端躊躇うことなくかなでの前の席を陣取って動こうとしなかった。

そしてそれを窘めることもなく、彼の幼なじみだという土岐も当たり前のように東金の隣に座ったのだが、こいつは腰をかける瞬間ちらりと背後に目を向け、火積と視線が合うと、なんと口元に微かな笑みを浮かべてみせたのだ。

「……気に、いらねぇな」

勝ち誇ったような土岐の笑みを思いだした火積は、思わずぼそりと呟いた。

それは本当に小さな囁きで、目の前にいた新でも内容まで聞き取れなかったようで首を傾げたくらいだったのだが、まるでそれが聞こえたかのように、視線の先にいた少女がこちらに顔を向けた。

驚いた火積は一瞬目を見開いたがすぐに彼女から視線を逸らし、何事もなかったように茶碗の中のご飯を口にいれると眉をひそめたまま咀嚼し始めた。

もともと仏頂面だから、あまり感情の変化を他人に読まれることはない。そのことに今日は珍しく感謝しながら、火積はなおもおかずを狙ってくる新の攻撃に無言で抵抗しつつ食事を進めていた。

ひとつテーブルを空けた先に座る至誠館の面々、特にその中の一人に視線を注いでいた小日向かなでだったが、彼はかなでと目が合ったかと思うと、驚いたことにすっと視線を外してしまった。

「あ……」

無意識に声を漏らして鮭の切り身を箸の先で突くと、前の席からくすりという忍び笑いが聞こえてきた。

「……なんや、心ここにあらずって感じやな」

「えっ?」

弾かれたようにかなでが顔を上げると、それをじっと観察していた土岐がまた笑ってから、芹沢になにやら講釈を垂れている幼なじみに目を向けた。

「千秋、そない小難しい話ばかりすんのはやめとき。食事はもっと楽しくするもんやろ?」

すると東金は怪訝そうに眉をひそめて会話を中断すると、ゆっくりと隣に顔を向けてまた口を開いた。

「俺は、十分楽しんでいるが?」

「そら千秋はな。けど、見てみい。小日向ちゃん、退屈そうにしとるで」

言って微かに顎を動かす土岐の視線の先にいるかなでに目を向けた東金は、急に自分に話題が振られたことに驚いているかなでの焦り顔を捉えて口元に笑みを浮かべた。

「なんだ、小日向。俺の話はつまらないか?」

「えっ? い、いいえっ! そんなことないですっ!」

「……だ、そうだが?」

かなでの返答に満足そうにうなずいた東金は、勝ち誇ったような笑みを浮かべてまた土岐に視線を戻した。すると土岐は小さく肩をすくめ、かなでのほうへ目を向けた。

「小日向ちゃん、千秋にはほんまの事言うたほうがええよ。でないと、ややこしいことになるかもしれんし」

「おい蓬生、どういう意味だ」

「そ、そんなこと……」

土岐の笑みにかなでは微かに頬を染めると、申し訳なさそうに身体を小さくして俯いてしまった。すると東金は眉間にしわを寄せ、食堂のテーブルに肘を乗せて身を乗り出すと、かなでの方へ顔を寄せた。