最近はだいぶ慣れたのか、触れても逃げなくなった猫の頭を撫でながら、火積は口元にわずかな笑みを浮かべた。
猫はしばらくおとなしく撫でられていたのだが、やがて飽きたのか欠伸をすると首を縮めて火積の手から逃れ、そのまま振り返りもせずに小走りで逃げていってしまった。
「……まぁ、前に比べりゃマシだな」
特にいじめた訳でもないのに、彼の姿を見た途端一目散に逃げ出していた数週間前と比べれば、触らせるだけでも格段の進歩だ。
そうやって自分を納得させた火積は、やがてゆっくり立ち上がると茂みを跨いで道に出ようとしたところで、木立の影に隠れるようにして座り込んでいた気配に気がついて、わずかに眉をひそめた。
「……小、日向?」
確かめるように口にすると、樹の幹に寄り添うようにしてこちらに向いていた背がぴくりと震えた。そうしてゆっくり振り返った彼女は、大きな目をさらに大きく開けて火積を見つめて唇を動かした。
「ほ……づみ、くん?」
呟いた途端、かなでの瞳から雫が一筋頬を伝って落ちた。驚いた火積が目を見開くと、かなでは慌てて両の手の甲でぐしぐしと目をこすり、無理矢理口角を上げて笑ってみせた。
「び、ビックリしたぁ……どうしたの?」
「猫に……エサを、な」
「そっか……私はね、ちょっと気分転換」
聞かれてもいない事を答えてまた笑みを浮かべたかなでは、茂みから抜けてきた火積が側に来るのを待ってその場に座ると、彼を見上げて目を細めた。
「少し座っていかない? あ、でも急いでるんだったら…」
「……いや。時間なら、ある」
言って火積がかなでから少し距離を取ったところに腰を下ろすと、すぐに彼女の手が目の前に伸びてきた。差しだされたペットボトルをちらと見てから視線を手の先へ移動すると、かなでは火積に目を向けたまま小さく首をかしげた。
「アイスティだけど……飲む?」
「……」
一瞬受け取るのをためらうと、かなではほんのり頬を染めて首を小さく振った。
「あ、えと……の、飲みかけなんかじゃないから大丈夫! 自分のはちゃんと持ってるし!」
慌てる声を聞いた火積は、そこでようやく彼女が自分の行動をどう受け取ったのか理解し、こちらも頬を染めると眉をひそめた。
「い、いや。そ、そんなつもりじゃねぇんだ。…………なら、もらう」
付け足すように小さく答え、差し出されたペットボトルを受け取ってふたを開けていると、わずかに身を乗り出したかなでが安心したように微笑んだ。
「あのね。前に火積くんに、水分補給に気をつけろって注意されたでしょ? だから、必ず飲み物を持ち歩くことにしたの」
「そうか……その方がいい。夏は、自分が思ってるより体力の消耗が激しいからな」
「うん……」
微笑むかなでを視界の端に捉え、火積はぬるくなりかけている紅茶を一口、口に含んだ。そして胡座をかいた股の上に腕を下ろし、ぼそりと呟いた。
「なんか……あったのか?」
「……」
答える代わりに笑みを消してうつむくかなでの横顔をちらっと見てから、火積は小さく肩をすくめた。
「あんたはどっちかっていうと、嫌なことほど腹ん中に溜め込んじまう質みてぇだが……そんなことしてたら暑さでバテる前に潰れちまうぜ」
そうして改めて身体ごとかなでに向き直ると、ゆっくり顔を上げる彼女を見ながら目を細めた。