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簡単には言えない

(2)

「火積くん!」

玄関ホールを抜けて男子寮の方へ向かっていた火積は、呼びかけに立ち止まって振り返った。すると食堂から追いかけてきたらしいかなでは立ち止まって小さく息を吐き、顔を上げて微笑んだ。

「さっきはありがとう」

「いや……こっちこそすまねぇな。うちのが、おかしな真似しちまってよ」

「え? あ、ううん。そのこともあるけど……話、合わせてくれたでしょ?」

「話……ああ。まぁ、な」

軽く鼻の頭を掻く火積を見ていたかなではわずかに目を伏せると、恥ずかしそうに両手の指をいじり始めた。

「あのね、別に悪いことしようとしたわけじゃないんだけど……」

「……」

「ただ今回は上手く出来たから、火積くんに一番最初に食べてもらいたくて……」

かなでの突然の告白に火積は驚いたように目を見開くと、まじまじと彼女を見つめた。だがかなではそんな視線には気がつかないのか、うつむいたまま言葉を続けた。

「だから、他の人には内緒だったって言うか……。あ、でも、ちゃんと夕食の時にはみんなに言うつもりだったんだよ?」

言って顔を上げた途端、じっと自分を見ている火積と真正面から目が合ったかなでは頬を赤らめた。

「ほ……火積、くん?」

名前を呼ばれて我に返った火積はかあっと頬を赤くすると、頭を掻きながらゆっくりとため息をついた。

「あんたは……ったく」

「……ごめんなさい」

なんとなく謝りたい気分になったかなでが頭を下げて肩を落としていると、また火積のため息が聞こえてくる。

「……別に、謝ることじゃねぇだろ。なんつーか……んなこと言われたら、こっちも……悪い気は、しねぇしよ」

「ほんと?」

「ああ」

火積が照れ臭そうに目を背けながらもうなずくと、かなではようやく安心したのかふわりと笑顔を浮かべた。

「よかったぁ」

小さく漏らしてから口元で両手を合わせて笑うかなでの仕草に、つい目を細めてしまった火積だったが、そこで急に表情を引き締め一つ咳払いをしてから、半歩前に足を踏みだした。

「なぁ……小日向」

「はい? なに?」

顔を上げて首をかしげるかなでを真っ直ぐに見られなくて、火積は視線を彼女の後ろの壁に向けた。

「あ、あんた……今度の23日、なんか予定……入ってるか?」

するとかなでは何か考えるように上目遣いになったが、すぐに小さく首を振った。

「うーん。今のところは何もないと思うけど………あっ!」

「な、なんだ?」

びくりと肩を震わせた火積だったが、次いでかなでの口から出た言葉に複雑な表情を浮かべた。

「その日は早起きしなくちゃいけなかったんだ! 久しぶりに朝練するぞって律くんからメール来てたの忘れてたぁ!」

「……そ、そうか」

安心していいのか笑えばいいのかわからない火積が相づちを打つと、かなでは彼を見上げて目を輝かせた。

「ありがとう、火積くん! 思いださなかったら、また響也とかハルくんに嫌み言われるところだったよ!」

「そうか。そいつぁ……よかった」

「うん!」

嬉しそうに微笑んだかなでは「じゃあ、また後でね!」と火積に言い残してきびすを返した。そうして歩き出したかなでの背をつい見送ってしまった火積は、慌てて駆け出すと彼女の肩をぐいっと掴んだ。

「こ、小日向っ!」

「え? な、なに?」

驚いて立ち止まったかなでは目を大きく見開いて振り返ると、赤い顔をしたままの火積を見上げた。そんな彼女の顔を見おろしながら火積は、後輩の言葉を思いだして小さく舌打ちを漏らした。

「……俺の反応が薄いとか抜かしやがったが……俺より鈍いヤツ、ここにいるじゃねぇか」

「え、なに? 火積くん、よく聞こえないんだけど……」

「……なんでもねぇ。独り言だ。それより……あんたに言いたいことがあって、よ」

「?」

まだピンとくる様子もなくまじまじと見上げてくるかなでが可愛らしくて、火積は思わず笑みを浮かべてしまった。そして意を決したのか軽く上体を屈めると、赤い顔を見られないように気をつけながら、かなでの耳元でこそりと小さくささやいた。

「昼じゃなくて、夜の話なんだが……一緒に祭り、行かねぇか?」

おわり