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簡単には言えない

(1)

「そういえば火積先輩、23日の予定はどうなってます?」

どこからともなく湧いてきた後輩の笑みを目の端でちらりと確認した火積は、面倒くさそうに再び視線を手元の雑誌に落とした。

「23日? なんかあんのか?」

すると新は目を大きく見開き、火積の座る椅子の背もたれに両腕を付いて身を乗り出した。

「うっわ! マジで言ってます、それ?」

「……うるせぇ。耳元で叫ぶな」

渋面を浮かべる火積にはお構いなしで、新はまるで駄々っ子のように頬を膨らませた。

「お祭りですよ、お・ま・つ・り! じいちゃんとこの神社でお祭りがあるんだって、こないだ話したじゃないですか!」

「祭り……そういや、そんな話を聞いたかもな」

ぼそりとつぶやいたものの、対して興味を持った風もない火積の態度に、新はさらに眉をひそめた。

「もぉ先輩ってば反応が薄いなぁ。こういう楽しいことには積極的に参加しないと、早く老けちゃいますよ。それでなくたってすでに年相応に見られることがないんだし」

「水嶋……そんなに俺に殴られてぇのか?」

雑誌に目を向けたまま拳を握ってみせる火積に、新はさあっと顔を青ざめさせながら半歩後ろに退き首をぶんぶんと振ってみせた。後輩のそんな態度に火積は少し残念そうに舌打ちをしたが、肩まで上げた拳をゆっくりと下ろしたので、新は大げさに肩をすくめながら息を吐いた。

「もぉっ。そうやってすぐ力で解決しようとするの、やめたほうがいいと思いますよ」

「てめぇがくだらねぇことを言わなくなりゃ、今すぐやめてやる」

「えー、オレの所為だって言うんですか?」

不満そうに唇を尖らせる新を鬱陶しそうに見上げた火積だったが、彼の肩越しの気配に気がついて軽く目を見張った。それに目ざとく気がついた新は一瞬怪訝そうに眉をひそめたが、火積の視線を追って振り返った途端、嬉しそうに目を見開いた。

「うわぁ! 美味しそうっ!」

歓声を上げて駆け寄ってきた新に驚いたかなでは一瞬びくりと肩を震わせたが、すぐに笑みを浮かべると、大柄な新の目の前にトレイを持ち上げてみせた。

「朝から作っておいたんだけど……新くんも食べる?」

「食べる食べる! かなでちゃんが作ったならずぅえったい美味しいもん! 世界一の味!」

両手の拳を握りしめて身体を縮め、その勢いで背をぐんと伸ばして諸手を上げる新の興奮状態に、かなでは苦笑いを浮かべるしかなかった。

「もう、大げさ。ゼリーなんてゼラチンとフルーツがあれば誰でも作れるでしょ?」

「ううん。誰でも出来るものだから、それを更に美味しくするのは難しいと思うよ。ね、火積先輩もそうおも……」

かなでに向かって真剣な表情で熱弁を振るった新は、その勢いのまま火積を振り返って同意を求めようとした。が、そこで一瞬口を紡ぐと身体を屈め、火積の肩越しに顔を寄せて眉をひそめた。

「あ。もしかして……かなでちゃんとゼリー、どっちも独り占めする気だったんですか?」

「なっ!? ひ、人聞きの悪ぃこと言うんじゃねぇ!」

新の指摘に、火積は慌てたように目を剥いて顔を赤らめた。するとテーブルの上にゼリーの器を並べていたかなでも顔を上げ、頬を染めながら口を開いた。

「あ、あのねっ! 帰り道でちょうど火積くんと一緒になって、色々お話してたらデザートの話になって、それでゼリーの味見をしてくれることになったの。だから偶然なの! ね?」

「あ……ああ」

救いを求めるようにかなでに見つめられた火積は、反射的にうなずいた。 実は昼食を一緒に食べたときに「今日はゼリーも作っておいたの。冷やしてあるから、帰ったら一緒に食べようね」と誘われたのだが、それを正直に新に告げるつもりはないし、その必要もないはずだ。

しかし明後日の方に視線を逸らす火積に対し、新はやはり「火積先輩がデザートの話……するかなぁ?」と明らかな疑惑の視線をぶつけてきた。だが、かなでが取り繕うように「新くん。二種類あるんだけど、どっちにする?」と告げると、途端に表情をゆるめてかなでの方へ向き直った。

「ううーん、どっちも美味しそうで決められないかも。……ね? 二つとも、ってのはダメ?」

「……水嶋、調子に乗ってんじゃねぇぞ」

ぴくりと片頬を引きつらせた火積とは対照的に、かなではくすりと小さく笑った。そして微苦笑を浮かべながら肩をすくめた。

「ほんとは一つずつのつもりだったけど……今回だけ、特別ね」

「ブラボー! ありがとう、かなでちゃんっ!」

満面の笑みを浮かべた新は万歳をすると、そのまま腕を伸ばしてかなでをぎゅっと抱きしめた。が、かなでが悲鳴を上げるよりも早く背後から飛んできた火積の拳骨に、呻き声をあげて彼女から手を離した。

「っとに、てめぇは……」

こめかみを引きつらせながら新とかなでを引き離した火積は、かなでを後ろ手に庇うようにして立ち両腕を組んだ。そうしてしゃがんだまま頭のたんこぶを撫でている新を見おろして説教を始めた火積の背を、かなではぼおっと見つめほんのり頬を染めた。