「べ、別にたいした話をしてたわけじゃねぇ……」
「たいした話じゃないなら、言っちゃってもいいんじゃないんですか? 後ろめたいことがないなら、話せるんじゃないんですか?」
「後ろめたいことなんざねぇが……てめぇに話すことでもねぇんだよ」
「ふーん、ならオレには言わなくていいです。でも、小日向先輩には言えますよね?」
新の言葉に、火積は改めてかなでに目を向けた。そして顔を赤く染めると、ついと視線を逸らしてそっぽを向いてしまった。
「こ、小日向には……なおさら言えねぇ」
ずきりと痛む胸元を押さえ、ますます顔を伏せるかなでの様子に気がついた狩野は、恐る恐るかなでの顔を覗き込もうとした。
「小日向さん……大丈夫?」
心配そうな狩野の声に大丈夫だと返したいのだが、いま口を開くと嗚咽が漏れてしまいそうで、かなでは下唇をかみしめ小さく首を振ることしかできなかった。
すると狩野はためらいがちに口を開けたが、すぐに閉じると火積を見上げ、おもむろに声を発した。
「火積、こういうの俺が言う立場じゃないってのはわかってる。けど、今度だけは言うぞ。本当に小日向さんに対して、後ろめたいことはしてないよな?」
いつになく強い口調の狩野に、火積よりも新の方が驚いて目を見張った。
「か、狩野先輩?」
「お前も大事な後輩だけど、俺にとっては小日向さんも大事な部員で後輩なんだ。だから彼女が悲しむようなことするなら、いくらお前でも許さないからな!」
「狩野……先輩…」
「答えろよ、火積。小日向さんを裏切るようなこと、してないよな?」
すると火積は真剣な表情で狩野を正面から見つめ、ゆっくりとうなずいてみせた。
「はい。理由は……ここじゃ言えねぇが、俺は小日向に申し訳が立たないことだけは、後にも先にも絶対してねぇって誓えます!」
しばらく火積を睨んでいた狩野だったが、やがて「……うん、そうか」と呟いて表情を緩めると、かなでの肩を軽く叩いてにこりと笑った。
「ってことだからさ。小日向さん、君はなにも心配しなくていいと思うよ」
「え? 狩野先輩、信じちゃうんですか!? 口ではなんとでも言えちゃいますよ?」
友軍だと思っていた先輩があっさり寝返ったことに驚いた新は、火積と狩野の顔を何度も見比べた。すると狩野はため息をついてからゆっくり腕を組んだ。
「そりゃあ部員の言うことは信じるさ、俺は副部長だからな。お前だって火積が嘘をつく人間かどうかくらい、言われなくたって知ってるだろ?」
「そ……それはそうですけどぉ…」
正面切って言われてしまい、新は困ったように頭を掻いた。新もまた火積を糾弾してはいるが、彼が嘘をついたり、ましてやかなでを騙すようなことなどしないと知っているからだ。
「あ、新くん……僕も火積くんは嘘をつかないって思ってるよ。ましてや小日向さんにだけは、絶対に」
言ってかなでに目を向けた伊織は、はにかんだような笑みを浮かべて小さくうなずいた。それから火積へと視線を向け、ほんわかとした笑顔のままで言葉を続けた。
「火積くん、僕らに理由を話す必要はないよ。けど、小日向さんにだけは、きちんと話すべきだって思う。思いはきちんと言葉にしないと……なんて、僕が言っても説得力がないけれど」
「伊織……」
呟いた火積がやがて小さく頭を垂れてみせたので、伊織は安心したように笑い、新を見上げて「ね? だから大丈夫」と告げた。すると新は眉をひそめて口を尖らせたが、やがて肩を落として深いため息をついた。
「ずるいですよぅ、伊織先輩。オレが最後に言いたかったこと、全部言っちゃうんですから。せっかく最後はびしっと決めて、小日向先輩の好感度をぐぐっと上げようと思ってたのに、これじゃオレだけ悪者ですよ」
「お前……そんな魂胆だったのか」
呆れたように狩野がぼやくと、成り行きを見守っていた八木沢がくすりと笑いながら新の背中を軽く叩いた。
「水嶋、悪役ご苦労さま。けれど水嶋があれこれ言うのは、二人のことを心配しているからこそだろう? だったら全然悪役なんかじゃないよ」
「ぶ、部長! わーん、やっぱり八木沢部長だけはオレの味方なんですね!」
言って八木沢にすがりついた新の頭を、八木沢はくすくす笑いながらあやすように叩いた。
「まぁ、多少やりすぎるところが玉にキズだね、水嶋は」
「う。せっかく喜んだのにぃ……」
がくりと八木沢の肩に頭を落とす新の様子に苦笑してから、八木沢は火積に目を向けてからかなでへと視線を動かした。
「火積、小日向さん。二人とも、今日の部活は休みなさい。これは部長命令だよ」
「部長…」
火積が身を乗り出そうとするのを手で制した八木沢は「さて。それじゃ他の皆は練習に戻ろうか」と言ってきびすを返してしまった。
「八木沢部長!」
叫ぶ火積に向かって振り返った八木沢は、かなでに目を向けながら口を開いた。
「小日向さんをきちんと送って行くこと。それから……ちゃんと話をすること。それがいま、君がすべきことだよ、火積。そうして明日から、また皆で揃って笑顔で練習をしよう。大会は終わっても、やることはまだまだあるんだからね」