「僕らは今日、仙台に帰ります」
「え……?」
八木沢雪広がにこやかに言ったひと言に、小日向かなでは立ち止まって振り返った。 それを目の端に捉えながら、彼女の言葉の先を補完するように東金千秋が軽く眉をひそめた。
「ずいぶん急な話だな、ユキ。まだ夏休みは数日残っているんだ。なにもそんなに急がなくてもいいんじゃないか?」
すると八木沢は困ったように微笑み「そういうわけにもいかないんだよ」と言って、ちらりとかなでの方に目を向けた。
「今まで黙っていましたが、実はもう僕らの学校は二学期が始まっているんです。今回は火原先生や星奏の理事が口利きをしてくれたおかげで、ファイナルまで横浜滞在を許可されたのですが、それも今日で終りましたからね」
「あ……そういえば聞いたことがあります」
八木沢の言葉に真っ先に反応したのは水嶋悠人で、口元に親指を添えて考え込むような表情を浮かべながら口を開いた。
「冬の寒さが厳しい東北は、夏休みが短くて冬休みが長いって」
「へぇ……夏休みったら、どこも8月いっぱいだと思ってたぜ。なんか寒い地方は損だな」
悠人の言葉に感心したような声を漏らしたのは、彼の一年先輩である如月響也だ。
「その分、冬休みが長いですから」
「まぁそうだけど。でも、やっぱ夏休みが長いほうがいいだろ」
「そうは言ってもそれぞれの地域の事情ですから、一概にどちらが正しいとは言えませんよ」
「まぁなぁ……」と納得がいったようないかないような表情を浮かべる響也を苦笑しながら見上げた悠人だったが、不意に真剣な表情を浮かべると八木沢のほうへ顔を向けた。
「……ってそういえば、新」
「ん? なに?」
とつぜん従兄弟の悠人に呼ばれた水嶋新は、話題が自分に振られたのが嬉しいのか、八木沢の後ろからひょっこりと顔をのぞかせ満面に笑みを浮かべた。 だが悠人は逆に険しい表情を浮かべると、新を睨みながら口を開く。
「その割に……お前、いつも8月30日くらいまで僕の家にいたよな」
「うん。だってハルちゃんたちがお休みなのに、オレだけ学校ってつまんないじゃん」
しれっと言い放つ従兄弟を唖然と見つめ返した悠人は、やがて眉をひそめて肩を震わせたかと思うと、頭一つ分上にある新の顔を睨んで八木沢の方へ詰め寄った。
「新……おまえっ、今までずっと学校をサボってたのかっ!」
「わわっ!」
驚いた八木沢が思わず身を引くが、悠人は彼の存在が目に入っていないのか、なおも八木沢の肩越しに従兄弟を睨む。 すると新は驚いたように目を見開き「え、いまここでそのことで怒るの?」と呆れたようにぼやいたものだから、悠人は思わず腕を伸ばすと新の胸倉を掴んだ。
「当たり前だろうっ! お前の不真面目さを怒るのに、時も場所も関係ないっ! 大体お前は、小さいころからそうしてのらりくらりと……」
逃げようとする新のシャツをしっかと掴んだ悠人は、目をしばたたせている八木沢の身体を無意識に押しのけて説教タイムに突入したが、その場の大半の者はそんな二人を無視することにしたらしい。 雲行きが怪しくなった気配を素早く察知し、悠人からやや距離を置いていた榊大地は、狼狽えている八木沢の背後に回り込むと彼の肩を押して非難させた。
「悪いね。ハルは怒りだすと周りが見えなくなるんだ」
「は、はぁ……」
曖昧な笑みを浮かべて逃げてきた八木沢を囲み、響也は軽く頭をかいた。
「で、話を戻すけど。これから帰るったって、もう8時過ぎたぜ? 新幹線、間に合わねぇんじゃね?」
「ええ。ですから夜行バスで帰ります」
「ああ。その手があったか」
感心したように榊がうなずくと、八木沢は一瞬ちらりとかなでのほうへ視線を送ったが、すぐにまた榊たちのほうへ目線を戻した。
「実はもうチケットを取っているのですよ。夜の11時にこちらを出れば仙台には朝6時前に着くので、その日から授業に出られますからね」とにこやかに微笑む八木沢をまじまじと見つめ、やがて響也は小さくため息をついた。
「すげぇハードスケジュール」
「ですよねぇー! オレもせめて明日いっぱい、かなでちゃんたちと名残を惜しみたかったのにぃーっ!」
「新っ、よそ見するんじゃない! そもそも僕の話をきちんと聞く気があるなら他の話など耳に入らないはずだというのにお前はまったく少しは謙虚さとか反省とかをだなっ……」
助けを求めるような視線を響也に送った新だったが、それは当然のようにスルーされてしまい、また自分よりも遥に小さい悠人に引きずられて皆の輪の中から消えていった。