いつものように小走りで行ってみると、そこにはいつものように彼がいた。一本だけ立った大木の根元で、彼はごろんと仰向けに身体を投げ出して目を閉じている。
たまには起きて待っていてくれてもいいのに、と思う。
こちらは誰にも見つからないように精一杯気をつけて、逸る心を抑えながらここに足を運んでいるのだ。にっこりと笑顔で迎えてくれたって、バチは当たらない。
そう考えたアンジェリークは僅かに空を見上げ、やがて軽く吹き出した。
そんなの、彼らしくない。
眠ったままの彼の隣にそっと腰を下ろすと、瞼を閉じた顔をしばし観察する。規則正しく繰り返される呼吸と、風になびく前髪を黙って見下ろし、アンジェリークは緩やかに笑みを浮かべた。
夢じゃないよね。あなたは、本当にここにいるのよね……。
「……なに見てんだよ」
アンジェリークがびくりと身体を震わせると同時に彼は目を開け、顔だけを少女の方に向けて唇をゆがめた。
「お、起きてるんならそう言ってよ。もうっ、ビックリしたじゃないのぉ!」
アンジェリークが照れ隠しにそっぽを向く。
それを横目で見ながらアリオスは起き上がり、くすくすと軽い笑い声を立てながら右膝を立てた。
「ま、俺があんまり良い男だから、つい見とれちまうってのはわかるけどな」
「……しょってるんだから」
アンジェリークのむすっとした答えに、アリオスはくっと咽喉の奥を鳴らして前髪を掻き上げた。
「で、今日はなんの用だよ?」
アリオスの問いかけに、アンジェリークは僅かに頬を染めた。そしてスカートをきゅと掴むと軽く咳払いをして見せる。
「べ、別に……ないけど。よ、用がなくちゃアリオスに会いに来ちゃいけないの?」
「別にそんな事言ってねぇだろ。……しかしさ。お前、相当暇なんだな」
「失礼ねっ!」
アンジェリークはそう叫ぶと腰を浮かせてアリオスににじり寄り、拳を振り上げた。
「お、図星だったか?」
「も?っっっ!!」
アリオスは笑いながら頭をガードするように手を翳す。そんな事にはお構いなしに、アンジェリークは駄々をこねるようにアリオスの肩や背中をぽかぽかと拳で何度も殴りつけた。
二人はおだやかな時間の流れを感じていた。過去にあった確執や悲しい別れを、今は忘れていた。
いま、こうして会えたのだから。こうやって同じ時間を共有できているのだから。
二人はいつの間にか、背中合わせに座り込んでいた。何を話すわけでもなくただ無言で、相手のぬくもりを背中に感じながら空に流れる雲を見上げていた。
やがて何かを思い出したように、アンジェリークが口を開いた。
「あのね、アリオス。ホント言うとね。私、さっきあなたに見とれてたの……」
「なんだよ、いきなり」
「アリオスの顔って綺麗だなぁって。そう思ったら起こすのもったいなくて……このままいつまでも見ていたいなぁ、って思ったの」
「……お前なぁ」
アリオスははぁっと溜息をつくと、アンジェリークから背中を放した。そして、支えを失って慌てるアンジェリークに向き直ると、彼女のおでこを人さし指で軽く弾く。
「いたっ!」
「そういう恥ずかしい事を真顔で言うんじゃねぇよ、バーカ」
吐き捨てるように言うとアリオスは立ち上がり、おでこを押さえながら見上げているアンジェリークを見下ろして苦笑を浮かべた。
するとアンジェリークは一瞬眉を顰め、ついで何を思ったか嬉しそうに破顔すると慌てて立ち上がり、アリオスににじり寄って口を開いた。
「あ、もしかして。……アリオス、照れてるの?」
「は?……んなわけねぇだろ」
「……ふふっ」
「……何が可笑しいんだよ?」
「別にぃ……なんでもな?い♪」
アンジェリークはくすっと軽く笑うと、アリオスにくるりと背を向け、手を後ろで組んで嬉しそうに小さくハミングをし始めた。
アリオスは一瞬きょとんとアンジェリークの背中を見ていたが、やがて呆れたように薄く笑うと、彼女の首に腕を回して自分の方に引き寄せ、その栗色の頭を優しく小突いてみせた。
「……バーカ」
そして彼女の腰に手を回すとぎゅっと抱きしめ、ふわりと風になびく栗色の柔らかな髪に唇を寄せて囁いた。
「……アンジェ」
「……グウ」
アリオスはアンジェリークの答えに顔をひそめて手を解くと、彼女をこちらに向き直らせて顔を覗き込んだ。
「なんだよ、いまの?」
「……あ、あのね……」
アンジェリークは真っ赤になってアリオスを見つめ返し、すぐに視線を落としてぼそぼそと呟いた。
「……なの」
「なんだって?」
「だからぁ…………わ、私のぉ……お、お腹の……」
「腹ぁ?」
アリオスが怪訝そうに問いかけた途端、再び先程と同じ「……グゥ」という音が響いた。
しばしの沈黙の後。
全身を真っ赤に染め上げたアンジェリークを見下ろしながら、やがてアリオスは照れたような困ったようななんとも表現できない表情を浮かべながらぽつりと呟いた。
「……メシでも食いに行くか?」