「セイランさん、ご存知ですか?」
ティーカップをテーブルに戻しながらティムカが言う。
セイランがちらりと目線を向けたのを確認すると、 にっこりと微笑み言葉を続けた。
「陛下のたってのお申し出で、2日後に雪祈祭を行うそうですよ」
「ふ~~ん、そう。でも、こんな時にお祭りもなにもないもんだと思うけど」
セイランは興味なさそうに目を細めて、琥珀色の液体に映る自分の顔を凝視する。
「こんな時だからだろう。皆の気持ちを少しでも和ませようというあの方らしい配慮だと思うぞ」
そう言うとヴィクトールは白いナプキンを畳んでテーブルに乗せ、大きめのマグカップに入っているコーヒーを一口飲んだ。
「いつもでは困るが、たまにはそんな息抜きも必要だ」
ヴィクトールの言葉にティムカも軽く頷いて見せる。そして、あどけない三年前を彷彿とさせるような顔で笑った。
「そうですよね。それに僕、雪を見るのは三年ぶりなので、本当にとても楽しみなんです」
即位したばかりの若い王は、毎日政務に追われていて、のんびりと観光旅行などしている暇はなかったのだ。
おかしな偶然からこの地に飛ばされ、そのおかげで落ち着いた余暇を楽しむことができるようになったとは、なんとも皮肉なことである。
それはヴィクトールにも言えることで、彼もここ三年の間、満足な休暇を取った記憶がない。おかげで今でも気楽な(?)独身生活を続けることになっている。
昔も、そして今も、好きな時に好きなことを自由気ままにしているセイランが、こういった非常事態に対して深刻な対応をして見せるのも、また皮肉なことであった。
三年前と同じように同じ部屋で朝食を済ませた三人は、それぞれ今日なすべき仕事へ向かった。
ティムカは午前中にアンジェリークがやって来るのだと言って、いそいそと執務室へ。ヴィクトールは、先日屋敷の奥に発見した古い書物庫を整理する為に屋敷へと戻るという。
そこはかなり広いらしく、しかも色々な種類の書物があるらしい。この話をルヴァにしてみたところ、彼の瞳はキラキラと輝き、ぜひそこを見せて欲しいと懇願されたのだそうだ。
「しかし、埃は積もっているわカビ臭いわで、こんな場所へとてもルヴァ様をお呼びするわけにいかないだろう? だからせめて少しでも片づけておかなくてはといかんと思ってな」
「相変わらず真面目だね。来たいって言うんだから来させてあげればいい。カビがあろうが、埃がついていようが、そんな事を気にする方だとは僕には思えないけど」
「ああ。ルヴァ様はお優しいからな」
ヴィクトールの言葉に、セイランはくすっと笑う。
「そういう意味で言ったんじゃないんだけどね」
「本当にあいつは変わらんなぁ」
床に並べて虫干ししていた本の埃を雑巾で丁寧に拭き取りながら、ヴィクトールは一人ごちて苦笑する。自分ではセイランの事を言ったつもりだったのだが、脳裡に映像として浮かんできたのはまったく別の人物だったからだ。
「いや……随分と大人っぽくなった……かもな」
最初に出会った時は、自分の前に出るといつも委縮していた。
次に出会ったのは女王試験が終わってまもなく。制服を脱いで古来より伝わるという女王の戦いの衣装に身を包んで目の前に現れた少女は、ヴィクトールを前にして懐しいそうに照れ臭そうに微笑んだ。
そして数週間前。二度と会わないだろう、会えないだろうと思っていた少女は、三度ヴィクトールの前に現れた。
髪が伸びて服装も変わっていたが、最初に会ったころの愛くるしい瞳の輝きは変わっていなかった。
少女はヴィクトールの前に立ち、真っ直ぐに彼の瞳を見つめてふわりと笑った。
「お久しぶりです、ヴィクトール様」
「久しぶりだな、アンジェリーク。その……元気だったか?」
「はい」
アンジェリークはこくんと頷き、ヴィクトールを見上げてふふっと声を漏らす。
「ん、どうした? 俺があんまりおじさんになってるんで驚いたか?」
「いいえ、その反対です。ヴィクトール様はちっとも変わってないなって思って。昔と同じようにアンジェリークって呼んで下さったのが、なんとなく嬉しくて」
「あ! そ、そうか……」
うっかり三年前の感覚のまま彼女を呼び捨てにしてしまったが、彼女は今や新宇宙の女王だ。本来ならば敬称を付けることはもちろん、それこそこうして口をきくことさえ出来ない立場の女性である。
しかし、そんなヴィクトールの非礼にも、アンジェリークはくすくすと笑い続けるだけだった。
やがてアンジェリークは笑いを止め、失敗したなと言いたげに軽く頭を掻くヴィクトールを再度正面から見つめた。そして今度は三年前の頃のように、消え入りそうな小さな声で囁いた。
「ヴィクトール様……。あの、こんなときに不謹慎かもしれないけど、私、ヴィクトール様にまたお会いできて……すごく嬉しい」
その後の彼女の言葉は覚えていない。「え?」とつぶやいたまま、ヴィクトールの思考はそこで一旦停止してしまった。