「うーん、今日もええ天気や。まさに買い物日和!……なのになぁ」
日の曜日。ここ聖地でも休日にあたる日である。庭園では多くの人々が、思い思いに休日を楽しんでいた。その一角に怪しげな露店が一つ。今回の女王試験の目的が明かされた時、学芸館と時を同じくして開かれた店である。
自分の店よりもさらに怪しい主人は、誰もいない店先をちらっと眺めてためいきをつく。
「女王候補さん、来てくれへんのかなぁ。あの子の笑顔見んことには、一日が始まらへんようになってしもたわ。あ~あ、せつないなぁ。……ってあれ?……おーい、メルちゃん!どないしたん?ボーッとしとったら……ほらぶつかった!! 大丈夫かぁ~?」
慌てて駆け寄って助け起こす。顔なじみの小さな占い師は、なにも見えていなかったらしく、思いきり樹に突っ込んでいったのだった。手に持っていた書類が当たり一面に飛び交う。
「え、あ……商人さん……。こんにちは……」
「はい、こんにちは、やなくて! ほら、立ちや。……あらら、額にでっかいたんこぶが……あ、これはもとからやな」
まだ少しよろめくメルを支えながら、ほこりを手で払ってやる。
「……ごめんなさい。メル、ちょっと考え事してて……」
「かめへんて。……それよりメルちゃん、王立研究院行くんとちゃうんか? 書類バラバラやで。まっとき、今とってきたるさかいな」
「あ、ごめんなさい! メルがやるから」
「かめへん。それよりな、」
「……なぁに?」
「ごめんなさい、よりは ありがとう、の方が俺としては嬉しいんやけどなぁ……」
「……ありがとう、商人さん」
「これで全部か? 確認してみ」
受け取った書類の数を数えてみる。
「うん、大丈夫だよ。ありがとう!」
「そらよかった。これで、大好きなエルンストはんに怒られんですむな」
「……うん」
「メルちゃん?」
いつもなら満面の笑みを浮かべるのに、今日はその名前を聞いたとたん寂し気にうつむいてしまった。
「なんかあったんか? あのお人も悪い人やないんやけど、どーもこう融通がきかんというか……」
「違うの、エルンストさんが悪いんじゃないの」
「したら、メルちゃんか。う~ん、しゃーないな。ここは素直にあやまったほうがええ。ほら、勇気がでるよう飴玉やるさかい」
「ううん、誰も悪くないの……誰も……」
うつむいて、服をぎゅっと握りしめているメルをみつめ、商人は自分の頭を掻いた。
おととい、女王候補アンジェリークが占いの館を訪れた。仲の悪い2人の少年守護聖の相性をあげて欲しい、という依頼だった。
その時、メルはふといたずら心を起こしたのだ。この少女は誰の事が気になるのだろう、見てみたい、と。そしてその夜、実行にうつしたのだ。
「サラおねえちゃんに止められてたの。好きな人の心に土足で入っちゃいけないって。でもメル、どうしても知りたかったの。アンジェリークの事……」
「で、水晶覗いてしもたんか。そしたら……」
「…………エルンストさんが映ったの」
「そらきっついなぁ……」
実は書類は、昨日届けるはずだった。しかしどんな顔をして主任研究員に会えばいいのか、メルにはわからなかったのだ。むこうも忙しかったのだろう、何も云って来なかった。
だが、このまま一生会わないわけにも行かず、勇気をだして館を出た。まではよかったが、つい逃げ道を捜して庭園に迷いこんできたのだった。
「メルね、アンジェが好き、大好き。だからとても悲しかったの。どうしてメルじゃないんだろう、どうしてエルンストさんなんだろうって、凄く悔しかったの。でもね、メルはエルンストさんも大好き。だから……サラおねえちゃんの云ってたことはこういうことだったのかもって……」
「……なぁ、メルちゃん。伝えられない想いってわかるか?」
「伝えられない……想い?」
「せや、相手の事を想うからこそ、幸せになって欲しいからこそ、伝えない。そっと見守っているだけ。いうなれば自己犠牲精神ってやつや」
「自己、ぎ、せ、い?」
「う~ん。難しいか。例えば……アンジェリークには幸せになってもらいたいか?」
「うん、誰よりも幸せになって欲しい!」
「じゃあ、エルンストはんはどや?」
「うん、エルンストさんも。だって大好きだもん!」
「うん、ええ答えや! じゃあ2人が幸せになるために、メルちゃんはどうしたらええと思う?」
「……わかんない」
「自分はアンジェリークが好きや。エルンストはん、取らんといて! っていうか?」
「そんな事、言えないよ……」
「エルンストはんのことが好きなんは、アンジェリークあんただけやない。せやから諦めて欲しいって伝えるか?」
「だめだよ、それじゃアンジェは幸せになれないよ」
「なら、大好きな2人が幸せで笑顔でいられるために、メルちゃんはどうしたらええかな。……すこ~しつらいかもしれへんけどな」
「……人魚姫、だね」
「え、にんぎょひめ?」
「ううん、なんでもない。……ありがとう、商人さん!」
「やっと笑ったなぁ、ええ顔やで。じゃ、勇気が出るよう、これやるわ」
がさがさと出してきたのは、色とりどりの包み紙にくるまれたキャンディのはいった小袋だった。
「うわぁ……きれい!」
「1日に一個ずつ。全部なくなる頃には、心から2人を祝福できるようになるで。俺の保証付き商品や」
「ありがとう。じゃあエルンストさんのとこへいってくるね!」
「うんうん、いっといで。大丈夫、勇気のキャンディと俺がついてるさかいな!」
――人魚姫は王子様のこと、本当に大好きだったんだね。だから、王子様に幸せになって欲しくてだまっていたんだ。
メルも2人の事が大好き。幸せになって欲しい。だから、だまっているね。言葉にできなくても、伝える事ができなくても、メルが2人を好きな事は真実だから……。
よーし、エルンストさんを少し鍛えてあげなくっちゃ。いつまでもアンジェの前で緊張してうまくしゃべれない、なんてダメだもの。そういうところはすごーく不器用なんだからぁ……。
キャンディの小袋を揺らすように、駆け出していったメルの後ろ姿を見ながら商人=チャーリーは重要な事を思い出した。
「……まてよ、アンジェリークの好きなんはエルンストはんで、エルンストはんの好きなんはアンジェリークで……ってことは、俺も失恋!ってことやんか! ……とほほ、どっかに俺の幸せ祈ってくれるお人はおらんやろか……」
――今日も聖地は平和である。