蜜月

(2)

「いいか、よっく聞けよ。あの雷はおめーの心が生み出したんだぜ。自分が作ったもんに驚いてどーすんだよ!」

「……そんなの作ってないもん」

ぼそりと呟きながらふいっと視線を逸らすアンジェリークの顎を掴み、強引に自分と視線を合わさせる。

「作った覚えが無くてもそうなんだよ。おめーは学習能力がないのか? バカじゃねぇの」

「仮にも女王に向かってその言い方はなにー? 不敬罪だってジュリアスに言いつけちゃうからぁ」

「言ってろ、バーカ」

「またバカって言ったぁ!!」

アンジェリークはぷうっと膨れるとゼフェルを見上げて目を細めた。すると反対に、ゼフェルは勝ち誇ったようににやりと笑いながらアンジェリークを見下ろす。

しばらく二人の睨み合いは続いたが、先に根負けしたのはアンジェリークの方で、やや眉間に皺を残したまますっと横を向いてしまった。

その様子を見下ろしてゼフェルは軽く笑ったが、すぐに表情を引き締めて口を開く。

「……言ってみろよ。何がそんなに不安なんだ?」

ゼフェルの問いかけの意味がわからなかったアンジェリークは、顔を正面に戻してゼフェルの目を覗き込む。すっかり遠ざかった雷が光るたび、ゼフェルの紅い瞳が闇に浮かび上がる。

「あの雷はお前の心を表わしてるんだぜ。……何でそんなに荒れてるんだ? 何がそんなに不安なんだ?」

……オレが側にいるのに。

ゼフェルは語尾を飲み込むと、息を呑んで自分を見つめ返すアンジェリークの髪にそっと手を伸ばした。柔らかい金色の髪はゼフェルの指に優しく絡みついてくる。

「ゼフェル……」

アンジェリークの唇が開き、吐息と共に自分の名前が甘く紡ぎだされた。

ヤベェ……もうダメかもしんねー。

ゼフェルは心の中で十字を切ると、ゆっくりとアンジェリークに顔を近づけ、そして……。

「…………ぷっ!」

思いきり彼女に吹き出されてしまったのである。

 

ゼフェルが身体を動かすと、彼に寄りそうようにして眠っていたアンジェリークがこてんと転がった。軽く身じろぎしたものの、そのまますうすうと本格的に夢の世界に旅立ってしまう。

「……こんなとこで寝るなよ。警戒心なさすぎだぜ」

それとも自分が何にも出来ないとわかっていて、安心しきっているのだろうか。

なんとも複雑な心境で自分を見下ろしているゼフェルなどお構いなしに、アンジェリークは安らかな寝息を立てている。その表情は出会ったころのままで、これだけ見ている限りとても宇宙全体を導く女王だなんて信じられなかった。

どんな楽しい夢を見ているのか、時々彼女の口元に笑みが浮かぶ。その表情を黙って観察し、やがてゼフェルは苦笑すると、手を頭の後ろに組んでごろんと天井に向き直った。

「いつまでもガキくさいよな、こいつ。……ま、そこがいいっちゃいいんだけどよ」

こんな事、彼女に面と向かって絶対言えない。

「ゼフェル……」

突然アンジェリークに声をかけられ、ゼフェルは文字通り飛び上がる。

「な、ななな! お、おめー、起きて……あ?」

動揺に顔を赤らめたゼフェルは慌ててアンジェリークに向き直ったのだが、彼女は先程と変わらず幸せそうに寝息を立てている。その様子にほっと胸をなで下ろしたゼフェルは、再びもぞもぞとアンジェリークの隣に潜り込んだ。

「寝言かよ……ったく、脅かしやがって」

腹いせに彼女の頬を軽く突いてみる。するとアンジェリークは僅かに眉を顰め、ゼフェルに背を向けてしまった。しばらくの間、彼女の寝息しか聞えなかったので、ゼフェルもいい加減寝ようとアンジェリークに背を向けた時である。

「……ゼフェル……大好き……」

突然そう囁かれ、驚いて横を向いたままのアンジェリークの背中に向き直る。しかし、やはりアンジェリークの肩は規則正しい上下を繰り返しているだけで、目覚めた様子は微塵もない。

やがて、ゼフェルの顔に軽い笑みが浮かび上がった。

「……勝手に夢に出演させるんじゃねぇっての」

本物がここにいるだろ。いつだってお前に隣にいてやってるだろ。

なのに夢の中まで出てけってのか? おまえって…………すっげー欲張りな奴。

「しばらくお預けだしな……これくらい、いいよな?」

ゼフェルはそう呟くと、アンジェリークを後ろから優しく抱きしめ、彼女の髪に顔を埋めるようにして目を閉じる。

明日、起こしに来る奴ぁ驚くだろうなぁ……ま、いいか。勝手に慌ててろ。

明日の朝の騒動を思い浮かべ、ゼフェルは目を閉じたまま意地の悪い笑みを浮かべた。

おわり