クスクスクス……
アンジェリークは金色の髪を微かに揺らして軽い笑い声を立てる。
「んだよ。何がおかしーんだよ?」
ゼフェルは僅かに眉をひそめ、アンジェリークを見下ろして不愉快そうに呟く。
「だってぇ。ゼフェルったら、すっごく真剣な顔するんだもん」
そう言うとアンジェリークは、口元に手を添えて再びころころと楽しそうに笑った。ゼフェルは自分の下で笑い声を立てる少女の様子に、むすっと顔を顰めると、たちまちごろりと身体を横に投げ出し、アンジェリークに背を向けた。
「人が心配してやってるってのによ ……勝手にしろ、バカ」
するとアンジェリークはむくりと起き上がり、ゼフェルの背中越しにその顔を覗き込む。
「ゼーフェルっ。ねぇ……ゼフェルくーん?」
「るせっ!」
「ねぇ……怒っちゃったの、ゼフェル?」
「雷は治まっただろ。……さっさと帰れ」
「向こうの方でゴロゴロいってるもん。まだ治まってない……」
アンジェリークはそう言うと、ゼフェルの肩に自分の頬を寄せるようにしてもたれ掛かった。するとそれまでむすっとした表情で目を閉じていたゼフェルが、瞼を上げると同時にゆっくりと口を開く。
「いいから自分の部屋に帰れよ。グズグズしてっと襲っちまうぞ」
「そんな事、絶対しないくせに……」
アンジェリークは凄むゼフェルの言葉に軽く微笑みながら答える。そして後ろからゼフェルを抱きしめるようにしてそっと目を閉じた。
「もう少しだけ側にいていいでしょ? こうしてるとすごく落ち着くの……だから……」
アンジェリークの吐き出す息が、ゼフェルの肩にかかる。
彼女が呼吸するたびに、柔らかい金色の髪がゼフェルの頬を撫でる。
……ったく。勘弁してくれよ。これじゃあ生殺しだぜ……。
安心しきって寝息を立て始めたアンジェリークの横顔をちらりと見上げ、ゼフェルは深い溜息を吐きだした。
半年に一度、女王陛下は女王の間に隠りきりになる。自分が支える宇宙の声を聞くために、外界からの干渉を完全に断ち切るのである。 そしてそれは明日から一週間続く。
どんな謂れがあるのかは定かではないが、昔からの慣習として今まで続いてきている。
そして、当代の女王であるアンジェリークもまた、その慣習に乗っ取って2日前からゼフェルとは別々の部屋で寝起きをしていた。これもまた古くからの慣習であるらしい。
若いゼフェルからすれば、わずか一週間とはいっても、我慢するのはなかなか大変なのだ。だがそれでも素直にしたがっているのは、もし禁を犯した場合、自分に何かある分には構わないけれど、アンジェリークに何かあったら、と考えているからである。
しかし、そんな彼の気持ちをこの可愛らしい天使はまるでわかっていないようだ。
女王が隠る時期が近づくと、ほんの僅かだが聖地に影響が出てくる。どうやら統治する宇宙と女王の精神が、普段より以上に密接な関係になる事から生じるものらしい。
その時々の女王の精神状態を表すかのように、それは時に雨となったり、冷たい風が吹いたり、今回のように雷が鳴ったりするのである。
「……ゼフェルぅ」
弱々しい声に、ゼフェルは目を開けて扉の方に首を回らせた。そこには、自分の身体をぎゅっと抱きしめて立ち尽くすアンジェリークの姿があった。
「……どうしたんだ?」
そのあまりにも儚げな様子に、ゼフェルは上掛けを乱暴に引きはがして素早く立ち上がり、彼女に駆け寄った。するとアンジェリークはゆっくりと顔を上げ、潤んだ瞳でゼフェルを見上げてもう一度呟く。
「ゼフェル……わたし」
暗やみの中でもはっきりとわかるアンジェリークのなまめかしい表情に、ゼフェルは思わずごくんと唾を飲み込んだ。そして、恐る恐る彼女に手を伸ばし囁いた。
「……アンジェ」
その途端、窓の外で雷鳴が轟く。それを合図にしたようにアンジェリークはビクリと身体を震わせ、文字通りゼフェルの飛びついた。
「うわっ!!」
抱きつかれた勢いで、ゼフェルはアンジェリークを抱きしめたまま尻餅をつく。
「……ってぇー」
顔を顰めながらも何とか立ち上がろうとするゼフェルの背後から、再び雷が鳴り響いた。
「きゃああああ!!」
アンジェリークはそう叫ぶと再びゼフェルにぎゅうっとしがみついてきた。
「バ、バカッっ! く、苦し……」
首をぎゅうぎゅうと締めつけられたゼフェルは、なんとかその腕を緩めさせようともがき始めた。
しかしそう簡単にアンジェリークは許してくれない。
「やだぁ! 怖いよゼフェル!」
「わ、わかった……からっ! て、手をは、離せっ!!」
「やだやだ!!」
「ぐえっ! お、お前っ、オ、オレを、こ、殺す気かぁー!?」
アンジェリークの腕から逃れようと、ゼフェルは後ずさった。その間も雷は断続的に鳴り響き、その度にアンジェリークは悲鳴を上げてゼフェルにしがみついてくる。
「もうやだぁ! 雷なんて嫌い!!」
「ア、アンジェっ、し、死ぬ……」
「ゼフェルぅ!! 死んじゃやだぁ!」
「だ、だったらっ! て、手を離せぇぇ!!」
ゼフェルは擦れた声で絶叫するとアンジェリークの腕を強引に引き離し、腕を掴んだままベットに押し倒したかと思うと再び彼女に怒鳴りつけた。
「馬鹿野郎っ! 少し落ち着けっ!」
そして驚いて目をパチクリさせているアンジェリークを見下ろしてすっと目を細めた。