Blue moon   -青い月-

(2)

じっと彼女の目を覗き込み、ひと言ひと言を確認するようにゆっくりと告げると、ロザリアは唇を噛んで目を伏せた。だが、やがて思いを吹っ切るように首を振ると、俯いたままでそっとつぶやく。

「――いけません。あなたを屋敷に伴えば、わたくしは自分自身に課した戒めを破ることになります」

「では――仕方ありませんな」

逃げられないよう素早く彼女を抱えるように東屋の柱に両腕を付くと、驚きながらもきつい眼差しで自分を見上げてくるロザリアに向かってうそぶいた。

「貴女が戒めを破れないのなら、私が代わりに破るまでのこと」

「オスカーっ!?」

唖然としているロザリアに軽く微笑みかけ、オスカーは身体を屈めて彼女の顔を覗き込んだ。

「安心しろよ。警備の者は絶対に来ないから」

「そんなこと、どうして言いきれますのっ!?」

「これは、聡明な陛下にしてはお察しが悪い」

わざとらしく眉をひそめると、案の定ロザリアは不機嫌そうな表情を浮かべた。プライドの高い彼女は、こんな風に馬鹿したような台詞をことのほか厭う。

しかしオスカーにしてみると、こうやって膨れっ面を見せるのは自分に向けてだけだという独占欲を満足することができるので、すこぶる気分が良いらしい。

悪びれた様子もなく、彼女の反応を楽しみながらささやいた。

「なに、簡単なことです。今宵の庭園一帯の見回りは聖地警備隊隊長、つまり――この私なんですよ」

オスカーの言葉に、見る見るうちにロザリアの目つきが鋭くなる。

「け、警備をないがしろになさるなんてっ!」

「ないがしろとは、あまりな申され様。後回しにしているだけなのですがね」

「下手な言い訳は結構よ! オスカー、あなたいったい何を考えているのっ!」

「ずいぶんと冷たいお言葉を賜るものだ。なにもかも、貴女を想うが故とはお考え下さらないのか?」

「なんて自分勝手な。本当にわたくしのことを考えているなら、もっと行動を慎みなさいませ!」

ロザリアがそう叫ぶと、いままで軽く笑っていたオスカーの表情が引き締まった。

「出来ればそうしたい――だが、もう無理だ」

「無理ですって?」

更に食ってかかろうとするロザリアをぎゅっと腕の中に閉じこめて、オスカーは彼女の髪に顔を埋めた。

「熱が――引かないんだよ」

「……熱?」

怪訝そうに問い返してくる彼女を、オスカーは更に強く抱きしめた。

「ずっとくすぶっていて、決して冷めない熱だ。もし君に逢わないでいたら、この熱は必ず俺を焼き尽くしてしまうだろう。君に逢うと落ちつくんだが、別れるとまたこの熱は……俺を嘖み苦しめる」

「わかるか?」と小さくつぶやきながら、オスカーはロザリアの顔をじっと見つめた。彼女は何か言いたげに小さく唇を動かしたが、言葉は声にならずに飲み込まれた。

「俺はもう、この熱の連鎖から逃れられない……だから、今だけでいいんだ。この熱を……鎮めてくれ」

 

「は……ん、んっ」

身体を快楽で震わせ、間近で悩ましげに喘ぐ彼女の艶やかな唇を見ていると、いままで数えきれないほど味わったというのに、またすぐに欲しくなるのは何故だろう。

「ん……っ、あ、ああっ……っ」

彼女の吐息はまるで麻薬のようだと思いながら、オスカーはその欲求に素直に従って唇を重ねた。

ロザリアはぎゅっと彼の背中にしがみつき、背中に当たる柱の堅さと、下から何度も突き上げられる衝撃から逃れようと身体を堅くする。

「ロ、ザリア……」

唇を放したオスカーは、彼女の耳元に顔を寄せながら荒い息の下でささやいた。

「感じてくれてるのは嬉しいが、少し、力を抜いてくれ」

「で、でもっ……不安定で…」

オスカーに腰を持ち上げられ、身体を東屋の柱に押し付けられてる体制になっているロザリアは無意識のうちに身体を強ばらせていて、オスカーはその締めつけの強さに軽く眉をひそめる。

「大丈夫だ……俺に掴まってれば、怖いことなんてない」

安心させるようにつぶやくと、オスカーはロザリアの手を自分の肩に掴まらせ、彼女の頭を優しく撫でてやった。

「ちょっとぐらい暴れたって、しっかり支えててやるさ」

そう言ってぐっとロザリアの腰を引き寄せると、彼女は小さく喘いでオスカーにしがみついた。

「あ……っ。だめ……」

「我慢しないで思いきり声を出しても良いぜ。さっきも言ったが、誰も来ないからな」

するとロザリアは、上気した顔で軽く微笑んだ。

「……わたくしったら……そんなはしたないことはできませんって、言いそうになったわ」

くすくすと笑いながら、ロザリアはオスカーの首筋に顔を埋めてささやいた。

「こんなところで、こんなことをしているっていうのに……いまさら何を言っているのかしら、ね」

「ロザリア……」

オスカーがつぶやくと、ロザリアは顔を上げてゆったりと微笑む。そして左手をそっとオスカーの頬に添えた。

「わたくし、あなたの声が好きよ……わたくしを抱いているとき、名前を呼んで下さる、その声が好き……」

「俺も……君の声が好きだ。俺に抱かれているとき、何度も名前を呼んでくれるその声が、な」

するとロザリアは再びオスカーの首筋に腕を回し、彼の頭を自分のふくよかな胸に押し付けるように抱きかかえた。

「オスカー……わたくしも、熱が引かないの。あなたに出会ってからずっと、熱くて、苦しくて……決して冷めることのない熱に、わたくしもずっと囚われているわ」

「……ならば一緒に燃え尽きてみるか? 行き着く先が永遠の煉獄の炎だろうと、君とならば喜んで……」

オスカーが笑いながら答えて顔を上げると、ロザリアもまた軽く微笑んでみせた。

「……酷い方。わたくしが頷けないとご存知のくせに」

小さくつぶやくと、ロザリアはオスカーの額にそっと唇を押し当てた。そしてオスカーの赤い髪に指を滑り込ませると、ほうっと溜息をついて彼の頭を抱きかかえたまま目を閉じた。

「永遠でなくていいから。今だけで良いの……この熱を鎮めて。わたくしを支配しているこの熱から開放して……」

「陛下のお望みとあらば……なんなりと」

答えるとオスカーは改めてロザリアの太股をしっかりと抱きかかえ、自分の熱を彼女の熱の中に融合させようとでもしているかのように、激しく動き始めた。


「もうお行きになって。……見回りをしなければいけないのでしょう?」

ロザリアを屋敷の門の前まで送り届けてもなお、名残惜しそうに軽い接吻を繰り返すオスカーに、さすがのロザリアも苦笑を浮かべた。

「また日の曜日にお会いできるわ」

「冷たいな。日の曜日まで会えないんだぜ?」

そう言って、再び顔を近づけてくるオスカーの唇にそっと手を添えて押し止め、ロザリアは軽やかに笑った。

「今日はここまでよ、オスカー。熱冷ましのお薬も、一度にたくさん飲み過ぎると身体に悪いのだから」

彼女の言葉に、一瞬動きが鈍ったオスカーの腕からするりと抜け出し、ロザリアはそっと門を開けて素早く中に入ってしまった。

するとオスカーは、こちらに背を向けた彼女に小さく声を掛ける。

「ロザリア……陛下!」

ロザリアが立ち止まって振り返る。

「まだなにかありますの?」

「貴女に、ひとつお伺いしたいことがあります」

オスカーは門の側に歩み寄り、こちらをじっと見つめる彼女の瞳を見つめ返しながら口を開いた。

「陛下は今……お幸せですか?」

しばらく無言だったロザリアは、やがてすっと目を細めて柔らかな微笑みを浮かべた。

「ええ、とても。――わたくしは、とても幸せですわ」

おわり