あなたの存在

(1)

「ふぅ…」

小さく溜息をつくと、ロザリアは手にしていた書類を机に戻す。そして、ちらりと背後の窓を振り返って目を細めた。

「…いいお天気」

こんな時、アンジェリークだったら「こんなにいい天気なのに、執務室に閉じこもってお仕事だなんて堪えられなぁ?い!」と文句を言いだすところだろうが、この年若き補佐官は逆に「こんなにいいお天気だからこそ、気分良く仕事がはかどるのですわ」とさらりと言い切ってしまう。

しかも彼女にとって幸運なことに、今日は朝からこの部屋を訪ねる者もいなかったので、途中で手を止められることもなく昼を迎えることが出来た。

それもあって、今の彼女の気分はかなり良好。

それともうひとつ。こういった爽やかで晴れやかな気分をいつも台なしにする某守護聖が、今は年に一度の周辺惑星への定期巡察に出かけている。

いつもの恒例行事でもあるので、予定は把握している。少なくとも、あと2日はこちらには帰ってこないはず。

頭の中で予定を確認するロザリアの口元に、知らず知らず笑みが浮かんだ。

これからずっと逢えない、となるとさすがに寂しいが、たまにはこうやって一人で過ごす時間があってもいい。なにせ件のその男、それこそ暇さえあればロザリアの側に居たがる。

いや、側にいたがるだけなら、憎からず想っている相手だからそう問題ではないのだが、うっかり優しい顔など見せようものなら、そこが聖殿だろうが昼間だろうがお構いなしに迫ってくるのだ。

巡察への出発前の出来事を思い出し、ロザリアは頬を赤らめて溜息をついた。

「……いやだわ。あれじゃあまるで本能だけで生きてるみたいよね」と、本人が聞いていたらかなり傷つきそうな言葉を呟きながらロザリアは立ち上がり、ゆっくりと部屋の中ほどにあるソファへ向かった。

「本当に、わたくしったら、どうしてあんな人を好きになってしまったのかしら」

そしてぽふんと音を立てて座ると、ここに来た時にアンジェリークが良くやるように、ふかふかのクッションをひとつ持ち上げ、顔を埋めるようにしてぎゅっと両手で抱きしめる。

「理想とは全然違うのに…」

 

ロザリアが幼いころから思い描いていた理想の王子様像は、敢えていうならジュリアスが一番近い。

気高く、強く、自信に溢れ、真面目。初めてジュリアスに会った時、自分の想像が形になって現れたのではないかと本気で思ってしまい、口を開くのを忘れてしまったのを今でも覚えている。

また別の意味で、彼女は最初クラヴィスにも惹かれていた。寡黙で神秘的。掴み所がないと、逆に追いかけてみたくなる。

側にいると落ち着けるリュミエールの優しさも、ロザリアは好きだった。彼の醸し出す柔らかくて優しい気配に、いつも心癒されていた。

ランディに対しては、最初はそのテンポについていけないと感じていたが、話をしてみると彼の誠実さ、真っ直ぐさ、暖かさが伝わり、いつしか気さくなその笑顔が大好きになっていた。

マルセルの屈託のなさ、無邪気さは、どこか親友であるアンジェリークに似ている。アンジェリークに対しては「ライバル」として自分から壁を作り拒絶していたが、いま考えると、彼女と自分はお互いを好きになるのは当然だったのかもしれない。マルセルの人柄が、ロザリアは大好きだったのだから。

ゼフェルは最初、ロザリアのことを拒絶していた。それはロザリアも同じで、だから二人は長いこと、顔を合わせても必要最低限のことしか話さなかった。

それがある日、ロザリアが腕にはめていた時計がゼフェルの執務室で壊れて外れてしまい、それをゼフェルが拾い上げたことで二人の間の空気が変わった。

てきぱきと動く彼の手元を珍しそうにじっと見つめるロザリアに、ゼフェルは彼女にも知らないことがたくさんあるのだとわかったし、ロザリアもまた、いつも不貞腐れているだけだと思っていたゼフェルが、目を輝かせて時計の構造を説明してくれる姿に好感を持った。

そしていつの間にか二人は、肩ひじ張ることもなく笑って話ができるようになっていた。

オリヴィエはいつも絶妙のタイミングで、その時一番言って欲しいことを言ってくれる。同じように話したくない時には、それを言わなくても察してくれて、黙って側にいてくれる。

彼と一緒にいると、いつの間にか自分に笑顔が戻ってくるのが不思議だと、ロザリアはいつも思っている。

ルヴァはロザリアにとって、もっとも尊敬すべき人物になっていた。この人の知識は、いったいどこまで深いのだろうと。

微笑みながら色々なことを丁寧に教えてくれる彼に、もともと知識欲の強いロザリアが惹かれないはずはない。二人で図書館であれこれ本を読みながら議論しているうちに、気がついたら外は真っ暗だった、ということも一度や二度ではない。

いつからか、ルヴァと過ごす時間は、ロザリアにとってとても大切な時間のひとつになっていた。

 

他の守護聖の印象をあれこれ思い浮かべ、そして改めて炎の守護聖と引き比べてみてから、ロザリアは思わず大きなため息をついてしまった。

「ダメね。どう比べても、他の方の方がずっとずっと素敵に思えてしまうもの」

呟いたかと思うと、ロザリアは抱きしめていたクッションをソファに投げるようにして戻し、クッション目がけてばふっと勢い良く上半身を倒した。

「ああもうっ! 考えれば考えるほどわからなくなってしまう」

そしてそのままの姿勢で、窓の外の青い空をじーっと見つめ、腕を伸ばして腰の当りに転がっていたクッションを掴んで抱き寄せる。

抱き寄せながら眉をひそめ、自分自身に腹が立ったのか、不機嫌そうに呟いた。

「……理解できないわ。わたくしってば、どうしてオスカーなんかが好きなのかしら?」