独占欲

(1)

「失礼いたします」

鈴を転がすような声と同時に扉が開かれる。

顔を上げると、閉じた扉の前に少女が立っていて、こちらの視線を感じると同時に、彼女はわざとらしいほど恭しく頭を下げた。

その様子を見ながらオスカーは、手にしていた羽根ペンを机の上に置き、少し身体を引きながら頬に手を突いて軽く微笑む。

「よう、お嬢ちゃん。元気そうで何よりだ」

つい数週間前までは「その呼び方はやめて下さい!」とムキになって怒っていたロザリアだったが、何度言ってもオスカーはその呼び方を直そうとはしないし、むしろそうやって彼女が突っかかってくるのを楽しんでいる風にも思えたので、最近は怒るのをやめたらしい。

すっと顔を上げると、背筋を伸ばしてオスカーの座っている執務机の前にすたすたと歩み寄った。

「今日は育成のお願いか?」

「他にお伺いする用事があるとお思いですの?」

言うとロザリアはピタリと立ち止まり、オスカーに向かって軽く微笑み返した。

余裕の笑みを浮かべるロザリアを見つめ返し、やがてオスカーは小さく溜息を漏らしながら立ち上がった。

「相変わらずつれないお嬢ちゃんだ。俺としては、別に用事なんぞなくても会いに来てくれて一向に構わないんだぜ。いや、むしろその方が嬉しいんだがな」

「そうですわね。オスカー様がわたくし以外の方にも同じことをおっしゃるような方でなければ、喜んでお伺いするかもしれません」

微笑みを絶やさずに切り返してくるロザリアを見下ろし、オスカーは軽く頭を掻いた。

「……最近、手強くなってきたな」

「光栄ですわ」

ふふっ、とロザリアは小さく笑った。

確かに以前の彼女ならば、守護聖の前でこんな風に砕けた表情を浮かべたりはしなかった。肩ひじを張って「女王候補」という鎧を身に付けていた試験開始時から比べると、その変化は著しい。

最近は大分試験にも慣れ、ライバルであるアンジェリークから影響を受けたおかげか、ふとした瞬間に、彼女本来の素直な少女の部分が顔を覗かせることがあった。

そして、それをオスカーは良いことだと思っている。

もともと彼は、この艶やかで勝ち気だが、どこか脆さも持った少女に心惹かれるものを感じていて、試験開始の頃からなにくれとなく気にかけるようにしていた。

端から見ていると完璧な女王候補に見える彼女が、実はアンジェリーク以上に不器用で精一杯なのがなんとなく分かったからだ。

だからロザリアにもよく声を掛けていたし、彼女もオスカーの気遣いを感じたのだろうか、どの守護聖よりも先に気安く接してくるようになった。と言って、オスカーがロザリアを恋愛対象だと思ったわけではなく、どちらかというと必死で頑張る妹を見守る兄の気分でいた。

おそらくロザリアも兄を得たような気持ちでいるのだろう。からかったりどこまで本気だかわからない物言いをするオスカーに対して、呆れながら、でもどこかほっとしたような態度で接していたように見えた。

だが最近になってオスカーの中にちょっとした変化が起きた。彼女がこうやって本来の姿を見せてくれる瞬間に、何故か心がざわつくという複雑な気分になるようになったのだ。

――こうやって俺に向ける笑顔を、たぶん他の奴等にも見せてるんだろうな。

試験に慣れ、他の守護聖とも打ち解けて優しい表情を見せるようになったのを嬉しく思うその裏で、あまり他の男に笑いかけて欲しくないという独占欲のような物を感じるようになっていたのだ。

「妹を他の男にとられる、っていうのはこういう気分なのかもな」

「え?」

突然つぶやいたオスカーの言葉の意味がわからないロザリアは瞬きを繰り返し、きょとんとした表情を浮かべてオスカーを見上げる。すると彼は照れたように軽く笑った。

「いや、なんでもない。……そうそう、育成だったな。確かに引受けたぜ」

「はい。では、よろしくお願いいたします」

なんとなく納得いかないような表情を浮かべながらも、ロザリアは改めて頭を下げる。と突然、オスカーの背後の窓から大きな歓声が上がった。

「ん? なにごとだ?」

振り返ったオスカーはすたすたと窓辺に歩み寄り、カタンと音を立てて窓を開ける。

するとカーテンを揺らす風と一緒に、外ではしゃぐアンジェリークと年少の守護聖達の声が、更に鮮明に室内に流れ込んできた。

その声を聴いた途端、怪訝そうな表情を浮かべてオスカーの動きを見守っていたロザリアの整った眉がみるみる釣り上がった。

「まぁ、あの子ったら! またあんな大声ではしゃいで!」

そして彼女はすばやく窓辺に駆け寄ると、オスカーの隣に並んで窓から身を乗り出そうとした。が、その勢いに驚いたオスカーが慌てて腕を伸ばし、すばやく彼女の身体を庇うように抱きとめる。

「っと! 気をつけろよ、お嬢ちゃん。そんなに勢い良く身を乗り出すと落っこちちまうぜ」

「あ……ありがとう、ございます」

オスカーに抱きかかえられながらロザリアは、ほんのり頬を染めて彼を見上げた。が、再び上がったアンジェリークの歓声に、きりりと表情を引き締め直し、自分を支えているオスカーの腕を掴んだまま窓の外を見おろして叫んだ。

「アンジェリーク! そこで何をしているの!?」

マルセルと向かい合ってきゃっきゃと笑っていたアンジェリークは、空から落ちてきた自分を呼ぶ声に一瞬笑いを治めた。が、その声がロザリアだとわかった途端、再び相好を崩して振り返った。

「あ、ロザリア! あのねっ…………」

が、振り返ったその表情はロザリアを見た途端、ひくっと引き攣った。

「?」

怪訝そうにロザリアはアンジェリークを見つめ返したが、どうも様子がおかしい。いや、おかしいのはアンジェリークだけではなかった。

ちらりと視線を泳がしてみると、その場にいるマルセルもランディもゼフェルも困惑したような表情を浮かべて固まったままだし、彼らの付添として参加していたのだろうルヴァなどは、手にした本がゴトンと音を立てて落ちたにもかかわらず、放心したようにこちらを見つめているではないか。

「な、なに?? どうしたっていうの?」

困惑するロザリアの声を聴き、ようやくアンジェリークは我に返った。と、同時に顔をぼっと赤らめ慌てて立ち上がるとぺこりと頭を下げる。

「ご、ごめんね、ロザリア。私、気が利かなくてこんなところで大騒ぎしちゃって」

「え……?」

急いで立ち去ろうと、広げていた本を片付け始めたアンジェリークの言動が理解できないロザリアは目を白黒させた。が、その後のアンジェリークとオスカーのやりとりで、ようやく意味がわかった。

「あのあのっ、オスカー様もごめんなさいっ! お、お邪魔しちゃって」

「いや、気にしなくていいぜ、お嬢ちゃん。元気がいいのはお嬢ちゃんの専売特許だ。だが今度からは、俺と姫君の邪魔はしないでくれよ」

言うとオスカーは、ぼう然としたままのロザリアを支える腕に力を込め、少女の身体をぐっと自分の方へ抱き寄せた。

いきなりの展開に訳がわからず硬直したままだったロザリアだが、オスカーの身体が小刻みに震え、彼の口元からくすくすという笑い声が漏れてきたのを聞いた途端、はっと我に返り、思いきり腕を突っ張ってオスカーから離れようと暴れだした。

「ななななななっ、なになさるんですかっっっっ!!!」

「どうしたんだ、お嬢ちゃん? さっきはあんなに熱く激しく、俺に答えてくれたじゃないか?」

「ば、ばばばばばかなことおっしゃらないでくださいっっっっ!! わた、わた、わ、わたくしがいつっっ!?」

「ふっ、隠したってわかるぜ。たとえ声にしなくても、君の瞳と唇は嘘をつかない。あんまり俺を焦らさないでくれないか?」

「わ、わけのわからないことをおっしゃらないでっっっ!!!」

いつの間にか平仮名でしか返答ができないほど、ロザリアは混乱していた。オスカーはその様子を見て、とうとう堪らずに顔を背けてくっくっと笑いだした。

その隙に腕の力が緩みんだのを確認したロザリアは、慌てて身を捩ってオスカーの腕から逃れ、いきなり始まった痴話喧嘩(?)の成り行きをハラハラしながら見守っていたアンジェリーク達に向き直って顔を真っ赤にしたまま叫んだ。

「ご、誤解なさらないでね、アンジェリーク! こ、これには訳があってっ!」

「……うん、わかってる。私達が邪魔しちゃったからだね。ごめんなさい」

「あんた全然分かってないじゃないっ! だからそうじゃなくてっ!!」

すまなそうに俯くアンジェリークの誤解を、なんとか解こうと更に身を乗り出すロザリアだったが、その目論みはアンジェリークの廻りに居た4人にあっさり阻まれる。

「俺からも謝るよ、ロザリア。二人の邪魔をしてしまって、ホントごめんな」

「だからちが……」

「でも、驚いたな。ボク、オスカー様とロザリアが恋人同士だったなんて全然知らなかったよ」

「いえ、あのっ、だからわたくしとオスカー様はそういう関係ではっ……」

「しっかし、おめーさ。オトコの趣味わりーぞ」

「余計なお世話……じゃないですわっ! ゼフェル様、ですから違うんですっ!」

「あ、あの。本当にすみませんでしたねぇ、二人とも。そ、それじゃあ私達はそろそろ退散しますよ。あ、それから……あの、早く仲直りして下さいねぇ」

「ル、ルヴァ様までっ!!」

と叫ぶロザリアの声も空しく、ルヴァは「ささ、みんなあちらに行きましょうねぇーっ!」と言いながらアンジェリークとゼフェル達の背中を押すようにしてその場を離れてしまった。

「こういう時のルヴァ様の行動って早い」と、妙に冷静に分析してしまう自分が情けないやら、恥ずかしいやらでロザリアは唯々4人の背中を見送るしかできなかった。