温かい日差しを背に感じながらティーポットを傾けていたロザリアは、不意に手元に落ちた影に気がつき、口元に微かな笑みを浮かべた。
その影は予想通りオスカーで、彼はソーサーに乗せたティーカップを二揃え両手に持ったまま、まるで配給を待つ子供のようにロザリアの後に並んで立っていた。
それがなんだか可笑しくて、ロザリアはゆっくりとティーポットをテーブルの上に乗せてから、口元に右手の甲を添えてくすくすっと笑った。
「? どうした?」
怪訝そうな表情を浮かべて首を傾げるオスカーをちらっと盗み見たロザリアはもう一度微笑むと、軽く首を振ってから彼の方へ右手をそっと差し出した。
「いいえ、なんでも。ランディの分も持っていってあげるのでしょう? 入れてあげるわ」
「ああ……頼む」
ロザリアの笑みの意味を掴みかねているのか、オスカーはまた不思議そうな表情を浮かべたが、差し出された手をちらっと見おろしてからゆっくりと自身の左手を彼女のそれに近づけた。そしてティーセットを手渡したかと思うと、ソーサーを持ったままのロザリアの手の甲に指を滑らせ、滑らかな肌を確認するように細い指先まで撫で上げた。
ロザリアは一瞬ぴくりと身体を震わせたが、すぐに抗議するように目を細めてオスカーを見上げ、怒ろうとしたのか尖らせた唇を開きかけたが、すぐに小さなため息をついて肩をすくめると、何事もなかったように彼に背を向けて一度は手放したティーポットに手を伸ばした。
「……やめておきます。言っても、あなたを喜ばせるだけですもの」
「冷たいことを言わないでくれ、補佐官殿。君の声で奏でられればどんな罵詈雑言も、俺には極上の愛の調べに等しく響くんだ」
君に怒られるのもまた楽しい、と回りくどい表現で告げるオスカーの態度に、ロザリアは呆れたようにため息をついた。
「そういうことをおっしゃるから言わないんです」
だが彼女は口で言うほど不機嫌ではなく、むしろ胸の内では喜んでいるのだというのは、丁寧にティーポットを傾けてお茶を注ぐ仕草や、肩越しに見える白い首筋がほんのりと薔薇色に染まっていることからもわかる。
だからオスカーは彼女の冷たい台詞にも微かな笑みを浮かべ、改めてロザリアの背後に寄り添うと華奢なその身体を守るように腕を回してそっと抱きしめた。
「ちょっ! オスカー!?」
「ティーカップはもうひとつあるんだぜ。こっちにも紅茶を入れてくれないか」
言いながら身体を硬直させたロザリアの目の前に右手に持ったティーカップを持ち上げて見せたオスカーは、左手をロザリアの腰に廻すとぐっと力を込め彼女の身体を引き寄せた。
「きゃっ!」
小さな悲鳴を上げたロザリアはティーポットを持ったまま身体を傾げさせたが、オスカーがしっかりと彼女の腰を掴んでいたので、どうにかバランスを保つことが出来てほっとため息をついた。しかし、そもそも転びそうになったのは、オスカーが悪戯をしかけてきたからだったので、ロザリアはティーポットの蓋を抑えたまま振り返ると、柳眉をきりりと持ち上げて口を尖らせた。
「オスカーっ! 遊びが過ぎますわっ!」
もちろんティーポットの蓋をしっかり押さえていたのは、中身を零さないためだ。しかしロザリアは、うっかり失念していた。ティーカップの脇に付いているのは持ち手だけではなく、注ぎ口もあるのだということを。
振り返った遠心力で注ぎ口から吹き出した紅茶は綺麗な弧を描き、ロザリアの身体を拘束していたオスカーに直撃した。さすがにオスカーもそこまで予想はしていなかったらしく、意地の悪い笑みを浮かべていた口元は上半身に紅茶の洗礼を受けた途端にこわばった。
「あ……」
思わぬ事態にロザリアが唖然とした声を漏らすと同時に、オスカーは彼女の腰に廻していた腕をゆっくりと離した。そして一歩後ずさると、さっと筆を走らせたような一文字に染まった自身の上半身を見おろし、やがて小さくため息をついた。
まったく熱くないといえば嘘になるが、むき出しだった手の甲は多少ひりひりするものの、服に覆われている胸元は見た目こそ茶褐色に染まっているが、熱さはそれほど感じない。
だからオスカーは「着替えてくるしかないか……」と小さくため息はついたものの、ロザリアを責めようなどとは微塵も思っていなかった。
むしろこれは、自分が余計なちょっかいをかけたから起きた不測の事態であって、彼女にはまったく非はない。
そう告げようとオスカーが顔を上げた途端、急にロザリアは腕を伸ばしてきて彼の手首を掴んだ。そしてぎゅっと下唇を噛みしめたまま無言でオスカーを引っ張ると、足早に歩き始めた。