「よろしくお願いいたします、ジュリアス様」
ロザリアはほんのりと頬を染めて、ぺこりと頭を下げる。
「ああ、確かに引き受けよう」
ジュリアスも微かに微笑み返す。その僅かな笑顔が嬉しくて、ロザリアは上機嫌で執務室を出ていった。
「さあ、早く帰って育成のデータ分析の続きをしなくては」
ロザリアは指を折って予定を確認し、ふと先程のジュリアスの笑顔を思いだした。
「ジュリアス様…わたくしのことを誉めて下さったわ」
『そなたは女王候補としてよくやっているな。この調子で頑張るように』
育成のお願いに行った時、開口一番こう言われた。予想していない言葉だっただけに、嬉しさはひとしおだった。
「ジュリアス様のご期待に応えるためにも、一生懸命育成しなくちゃ」
そうしたらまた笑って下さるかしら。よくやったと誉めて下さるかしら。
ひとりでに出てしまう微笑みを両手に持ったノートで隠すようにして、ロザリアは中庭へと軽やかに駆け出した。
「あ、ロザリア?。今帰りぃ?」
明るくのんびりとした声が聞えて、ロザリアは振り返った。声の主は想像通り、もう一人の女王候補アンジェリークだった。
彼女は瞳の色に合わせた薄緑のワンピースを身にまとっている。しかもある男性と馬に乗ってのご登場だった。
「アンジェリーク。今日は確か水の曜日だったと思うけど…」
「気分転換したほうがいいって誘われたの。あ、オスカー様ここで降ろして下さい。ロザリアと一緒に帰ります」
オスカー様、と呼ばれた炎の守護聖は、体重を感じさせない敏捷さで栗毛の馬から下りると、アンジェリークをひょいと抱き上げ地面に降ろす。
「残念だな。もうお嬢ちゃんとお別れだなんて」
「今日はとっても楽しかったです。また誘って下さいね? あ、でも今度は日の曜日にして下さい」
アンジェリークはロザリアを見て、ぺろりと可愛い舌を出した。
「そうだな。この次は君も一緒にどうだ、お姫さま?」
オスカーはロザリアを振り返ると、軽く笑う。
「いいえ、結構ですわ」
ロザリアはオスカーのこの笑顔が嫌いだった。何となく馬鹿にされている気がするからだ。
『子供だと思っているのでしょう、どうせ』
ロザリアはつかつかと二人に歩み寄ると、アンジェリークの腕を取りオスカーを睨んだ。
「オスカー様、ひと言申し上げておきますわ。わたくし達は女王候補です。そしてあなたは女王に仕える守護聖。このことをよーく憶えていて下さいましね」
『その辺の女性に接するように、気安く声をかけないで欲しいものだわ』
オスカーは一瞬驚いた顔をしたが、すぐにいつもの不敵な笑みを浮かべる。
「肝に銘じよう。じゃあ、そろそろ俺は退散させてもらう。またな、お嬢ちゃん」
ロザリアの陰になったアンジェリークにすばやくウインクする。アンジェリークがそれに答えて小さく手を振り返す。
ロザリアが文句を言おうとアンジェリークを振り返った隙に、オスカーは馬上の人となり消えていった。
「あんたは隙だらけだから狙われるのよ、アンジェリーク」
「えー。オスカー様っていい人よ。恰好良いし、優しいし…」
「それが手なんじゃないの!」
アンジェリークはそんな事ないと思うけどぉと小声でつぶやいた。
ロザリアは、さっさと歩く自分を慌てて追いかけるアンジェリークに視線を送り、軽くため息をついた。
『わたくしったら、なんでこの子をほおって置けないのかしら……自分に腹が立つわ』
知らぬ間にアンジェリークに友情めいたものを感じているのに気付いた時、ロザリアは心底驚いた。
今まで自分の周りにいた人間とは明らかに違う少女。もっとも嫌いなタイプだと思っていたのに、いつの間にかあれこれ世話を焼いている自分。
人を引きつける不思議な魅力が、アンジェリークにはあった。だが本人はそれにまるで気付いていないらしい。
「あんたもあんただけど、オスカー様もオスカー様よね。平日に女王候補を遠乗りに連れ出すなんて」
「だから気分転換だって。最近、育成がうまくいかなくて悩んでるって言ったら心配して下さったの。ね、優しいでしょう?」
ロザリアはきゃぴきゃぴとはしゃぐアンジェリークを冷ややかに見つめ問いかけた。
「アンジェリーク、あんたオスカー様が好きなの?」
アンジェリークは一瞬きょとんとロザリアを見つめ、すぐに満面の笑みを浮かべた。
「ええ、大好きよ」
ロザリアは再び頭を抱える。
『こんなお子様がいいなんて、オスカー様もいい趣味してらっしゃるわ。本当に……ジュリアス様とは大違い』
オスカーの気分転換のおかげか、次の日からアンジェリークの育成は順調に進んでいった。ロザリアは少しばかりの焦りと、不思議な安堵感を感じることとなる。
自分に追いつくかもしれないという、ライバルとしてのアンジェリークの存在。今まで悩み、滞っていた育成が順調になってよかったという、友人としての存在。
「やっとわたくしに追いついたというところね。でもまだまだよ」
ロザリアには自信があった。友人と認識することは認めるが、ライバルとしてはまだ出発点に立ったばかり。そんなアンジェリークに負けるはずがないという自信が。