眩暈

(1)

「2日後にデータが集まるそうですので、その時にまたご連絡します」

ロザリアがそう伝えると、ジュリアスは軽くうなずいた。

「では、頼む。それまでにこちらの書類に目を通しておこう」

「お願いいたします」

言うとロザリアは、ようやく軽い笑みを浮かべた。

「やはりジュリアスだと、話が早くて助かりますわ。他の方々の中にはもう……」

ほうっと小さく溜息をつくと、ジュリアスはそれを見て苦笑する。

「手間をとらせてすまぬな」

「あら。ジュリアスが謝ることではありませんわよ。それでも最近は、大分ましになってきたほうですもの。それよりも」

「陛下の方が、か?」

ジュリアスが問いかけると、ロザリアは驚いたように目をしばたたせ、次いでおかしそうに吹きだした。

「いやだ。何でもお見通しですのね」

「そなたの心配事のタネは、私の心配事でもあるからな」

言うとジュリアスはすっと立ち上がり、書類を手にして苦笑いを浮かべる。

「あのお方の屈託のなさ、素直さは、ひとりの人間としては素晴らしい物なのだが。どうにも女王となると、余計な物になるというか」

「そうですわね。公私のけじめをきちんとつけて、執務中は仕事に集中してくれさえすれば、何も申し上げませんのに」

ジュリアスが深い溜息をつくのと、ロザリアが苦悩の吐息を漏らすのはほぼ同時だった。その事に二人は驚き、一瞬目を見合わせると、お互いに軽く笑った。

「いやだわ、ジュリアスったら」

「そなたこそ。溜息は、ついた分だけ幸福が逃げていくと聞いたぞ」

「まぁ、そんな事をよくご存じですわね」

ロザリアはジュリアスの言葉に、楽しそうに微笑んだ。その微笑みは、まるで数年前の女王候補時代に戻ったかのように幼く純粋だった。

その笑顔につられて、ジュリアスもつい口元をほころばせた。そして、優しく呟く。

「そういえば、そなたとは久しく共に遠乗りに出かけていないな」

「……そう、でしたわね。あなたも随分お忙しかったですし」

「それはそなたもだろう。どうだろうか……来週の日の曜日にでも、オスカーにも声を掛けて3人で出かけてみないか?」

「よろしいんですの?」

遠慮がちに訊ねてはいるが、ロザリアの瞳は嬉しそうに輝いている。

彼女のこんな表情を見るのは実に久しぶりだったので、ジュリアスは声を掛けたことに満足しながら、ゆっくりと頷いた。

「もちろんだ。私もそろそろ息抜きがしたいと思っていたところだしな」

「嬉しい!」

ロザリアは思わずはしゃいでしまった。が、すぐに自分のはしたない行動に気がつき、顔を真っ赤に染めると俯いてしまう。

「ご、ごめんなさい。久しぶりに馬に乗れるかと思うと、わたくし、嬉しくてつい……」

だがジュリアスは怒らなかった。柔らかい笑みを浮かべたまま、ロザリアを優しく見下ろしている。

「かまわぬ。そんなに喜んでもらえたのならば、私も誘った甲斐があったというものだ」

ロザリアは上目遣いにちらりとジュリアスを見上げた。数年前ならば、初めて出会った頃だったらば、彼はおそらくこんな態度はとらなかっただろう。いかめしい顔で、いつも小言ばかり言っていた彼を思いだし、ロザリアは懐かしそうに笑みを浮かべた。

「どうした?」

ジュリアスが問い掛ける。ロザリアは軽く首を振ると、ジュリアスを見上げてにこりと笑った。

「いいえ、なんでもありませんわ」