嬉しい!楽しい!大好き!!

(6)

「……まだ、怒ってるのかい?」

地面に突っ込んで大破した遊星盤の横で、ランディが恐る恐る肩に手をかけると、アンジェリークはぷいっとそっぽを向き、やがて見る見るうちにぷ――っと頬を膨らませ始めた。

「……怒ってますっ! ランディ様が、こんな乱暴な人だとは思わなかったわ」

「だからさっきから何度も謝ってるじゃないか」

「謝ればなんでも許すと思ったら大間違いですっ! こんな大変な事をした癖に」

「……ゴメン」

そうひと言呟くと、しゅんと頭を垂れるランディの様子を横目でちらりと見たアンジェリークはさすがにきゅんと胸が痛くなった。

そして辺りに咲き乱れる白い花を潰さないようにそろそろと彼の側に寄ると、少し躊躇った後その服の裾をきゅっと掴む。その気配にランディはふっと顔を上げ心配そうに自分を見上げるアンジェリークをじっと見つめ、やがて口を開いた。

「……ホントにゴメン。でも、これだけは信じて欲しい。俺は……君と離れ離れになるのがどうしても嫌だったんだ。だから、考えて考えてこうするしかないって思ったんだ。……馬鹿、だよな」

「ランディ様……」

「……でもそうだね。君の言う通り、ちゃんと考えれば他にも方法があるもんなんだよね。……補佐官、かぁ。そんな事、思いつきもしなかったよ。……やっぱりロザリアはすごいや」

腕を組んでしきりに感心するランディの姿が微笑ましくて、なんだかとても暖かくて、アンジェリークは思わずぷっと吹きだした。

ランディがその声に顔を上げて不思議そうにこちらを見返してきたが、アンジェリークは笑うのを止めることが出来なかった。と、その笑顔につられてやがてランディも照れたように笑う。

しばらく二人は、先程の出来事を思いだしてお互いにくすくす笑いあった。

 

白い花がゆらゆらと揺れるレクウサの岬で、二人は並んで寝転がり、ぼーっと星の煌めく空を見上げる。しばらくの沈黙の後、ランディは心底感心した様に声を漏らした。

「やっぱり凄いよ、君は。……この花畑も、この空も、全部君が作ったんだもんな」

「ううん。凄くなんかありません。だって……わたし一人で作ったんじゃないですもの。みんなで一緒に作ったんです。ランディ様だって、エリューシオンの為に力を送ってくれたでしょう?」

「エリューシオンの為……か」

アンジェリークに正面切って感謝されると何だか照れ臭い。

確かに、最初は育成を頼まれたからサクリアを送っていた。だが、いつの間にかアンジェリークの笑顔が見たくて、ただそれだけで力を送っていた気がする。

『本当は、エリューシオンの為じゃなかった。アンジェリーク、君の……笑顔の為だったんだよ』

「わたしね、初めて飛空都市に来た時、怖くて不安で仕方がなかったんです。わたしに出来るはずないって。ただの女の子のわたしに沢山の人達を幸せにしてあげることが出来る訳がないって。そんな時にね。わたしに優しく声をかけてくれたのが、ランディ様だったんです。勇気をだしなよ、選ばれた自分に自信を持たなきゃって。…覚えてませんか?」

「うん、覚えてるよ」

ランディがそう答えるのを嬉しそうな顔で聞きながら、アンジェリークはそっと目を閉じて小さな声で呟いた。

「あの頃からずっと……わたし、ランディ様が好きだったのかも…」

その言葉を聞いてランディも目を閉じ、出会った頃のことを思いだす。

自信に満ちあふれたロザリアの横で、今にも泣き出しそうな顔をしていたアンジェリーク。そんな彼女が可哀相で少しでも励ます事が出来たら、と思って声をかけたのは、自分が勇気を司る守護聖だったから。

でもいつの間にか守護聖ではなく、ただのランディとしてアンジェリークの幸せを祈るようになっていた。彼女の笑顔を守ってあげたいと思うようになっていた。

大切なのはその気持ち。これまでもこれからも、望んでいることはただひとつ。

「俺はこんな風に早とちりだし、考えるより先に手が出るし、まだまだ未熟なところばかりで全然頼りないかもしれないけど。それでもこれだけは言える。アンジェリークっていうひとりの女の子を、全身全霊で守りたい。その子の……いや、君の笑顔を……ずっとずっと守っていきたい」

ランディはそう言うとゆっくりと目を開けて、上体を起した。するとアンジェリークはとうに起き上がっていて、驚いた顔をしてこちらを見つめている。

そのくりんした大きな瞳が今にも零れ落ちそうな表情が可愛くて、ランディは思わずくすっと笑ってしまった。

そして、そのまま二人はゆっくりと顔を近づけていった。

 

わたしね、ランディ様。今日っていう日を絶対に忘れない。朝からドキドキしたり、笑ったり、泣いたり…また笑ったり。

こんなに一日が忙しかったのは始めてだもの。

俺も忘れないよ、アンジェリ?ク。君が笑って、怒って、泣いて、また笑ってくれた今日って日をね。聖地から逃げ出そうなんて思ったの、実は今日が初めてなんだ。

こんな日のことを、忘れようったって忘れられない。

 

わたし、忘れないわ。

俺は、忘れないよ。

初めてのぎこちないキスの味、絶対、絶対、忘れない……。

 

「ごめんなさ?い。怒らないでよう、ロザリアぁ――。もう危ないことはしないからぁ」

「あんたといいランディ様といい……まったくも――?うっ。どこまで人に心配かけたら気が済むのよっ! いいこと、アンジェリークっ! 聖地に行ったら、びしびししごくから覚悟なさいね。弱音なんか吐いたら承知しませんわよっ!」

「ふえ――ん!!」

 

「なぁ、マルセル……。もう許してくれよ。勝手なことしてホントに悪かったよ」

「……ヤダ、ぜっったい許してあげないっ!! ランディの嘘つきっ! アンジェを危険な目に遭わせるなんて最低だよっっ!! ボク、ぜ――?ったい許してあげないんだからねっ!!」

「そ、そんなぁ――?!!」

飛空都市で過ごす最後の日。

爽やかに澄み渡るその空に、新女王補佐官アンジェリークと風の守護聖ランディのぼやく声が同時にいつまでも木霊していたのだった。

おわり