アンジェリークを拉致したランディがその足でどこに向かったかというと、自分の屋敷ではなく飛空都市の一角に作られた王立研究院だった。
そこは、女王候補二人が作り上げた大陸を観察・成育する為の場所で、奥まった場所には守護聖が候補二人に依頼された時にサクリアを送るための部屋もある。
しかし暴れるアンジェリークを連れたランディが向かったのは、女王候補が育成する大陸に直接降りる事が出来る「遊星盤」と呼ばれる乗り物がある部屋だった。
いくら飛空都市という特殊な場所であっても、夜になればだ王立研究院の入口には鍵がかかってしまうし、警備兵も配置される。そこでランディは、あらかじめ用意しておいた小道具を取りだした。それは一見するとただの木破片だが、勢いよく投げると風を切ってぶーんという羽音を出すような仕掛がしてある。それを警備兵の見ている方向に思いきり投げつけた。目の前を風を切って通り過ぎて行く怪しい物体に兵士が気を取られている隙に、ランディはアンジェリークの手を取ると建物の中に駆け込んだ。その時アンジェリークも逃げ出せばいいのだろうが、にこりともせずに行動するランディの様子に不安を覚え、何をするつもりなのか見届けようと考えた。もし危険なことをしようとしているのならば、その場で説得すればいいからと思うようになっていた。まぁ、面白そうだからこのまま付き合ってみようっと、と言うのが考えのうちの8割以上だったが。
首尾よく館内に潜り込むと、ランディは息を殺してゆっくりと前に進む。時々きゅっと強く握ってくる彼の手の温もりが、暗闇の中にいるというアンジェリークの不安を和らげてくれた。
ようやく目的の部屋に辿り着くと、ランディはなにやら壁をまさぐり、やがてシューンという低い音を立てて扉が開く。アンジェリークがじっと目を凝らして中を覗き込むと、突然明りが辺りを照らし、その眩しさに思わず目を瞑ってしまった。
「大丈夫かい? さ、俺に掴まってて」
ランディはアンジェリークをゆっくりと部屋の中央に連れてきた。そしてようやく部屋の明りになれて目を開け、辺りを不思議そうに見回す彼女ににっこりと微笑みかける。
「あ、あの、ランディ様。ここって……?」
「ああ。ここからふたりで行こう。君の育てたエリューシオンへ。そこで君と一緒に暮らしていきたいんだ。風の守護聖のランディと女王候補のアンジェリークじゃなくて、ただのランディとアンジェリークとして……」
「ランディ様……」
アンジェリークは何度も瞬きを繰り返し何も言う事が出来なかった。その呆然とした様子に、ランディも困ったように微笑む。
「君がここに来たのは女王になるためだっただろう? だけど君は女王になる事よりも俺と一緒にいてくれる事を選んだ。それが……とっても嬉しくて有頂天になってたけど、君は普通の女の子だったんだよな。守護聖の俺と普通の女の子の君が一緒にいるっていう事は出来ないんだよ。だからといって……その……君と今すぐ……け、結婚とか、そういう事は考えた事が無くって…」
好きだから。一緒にいたいから。それだけでなにもかも許される立場に自分はいるわけではないのだとランディは悟り、彼なりに一生懸命考えた。
どうすれば彼女と一緒にいられるのか? 彼女と一緒にいる為に、自分はどうすればいいのか?
主星のアンジェリークの家へ行ったところで、捕まってしまう事はわかりきっている。自分の家に帰るなど尚の事だ。<
誰も二人の事を知っている人がいなくて、誰にも邪魔されなくて。でも暖かくて、どこか懐かしい匂いのする場所で二人で生きていけたら……。
それを考えて考えて、ランディが選んだ道は「エリューシオンへ行こう」だったのだ。
「で、でも、遊星盤には一人しか乗れないんですよ?」
「君のとロザリアのと二つあるじゃないか。紐か何かで結わえ付けて、それぞれに乗ったら良いよ。それに遊星盤が無くなれば、しばらく追っ手もかからないだろうし」
「そんなの……駄目です。出来っこありません。きっとすぐに捕まって、怒られるに決まってます。……それよりも、ランディ様。あのね……」
アンジェリークはぶんぶんと首を振った後、先程ロザリアが言った事をランディに伝えようと口を開きかけた。が、ランディの思い詰めたような真剣な眼差しにうっと言葉に詰まる。
「アンジェリーク。俺は君が好きだ、ずっと一緒にいたい。でも、君は…そうじゃないのかい?」
「ち、違います。わたしだってっ! わたしだって、ランディ様の事が大好きです。ずっと一緒にいれたら良いなって思ってます。でもだからってこんな事したら駄目です。もっと他に方法があるはずです。わたしとランディ様がずっとずっと一緒にいられる方法が…」
そこでもう一度、今度こそと意気込んで顔を上げた途端、ランディは無言でアンジェリークを軽々と抱え上げてぽんと遊星盤の上に乗せた。
「ラ、ランディ様っ!」
「ゴメン、時間がないんだ。続きはエリューシオンについてから聞くよ」
アンジェリークは慌てて身を乗り出すと、もうひとつの遊星盤に向かおうとするランディの腕を力任せに引っ張った。
「うわっ!!」
「もうっ! 今聞いてもらわなきゃ駄目なんですってばっっ!!」
どすん、とふたりで同時に遊星盤の上に尻餅をつく。と、転んだはずみで、振り上げたランディの足が遊星盤の起動レバーを思いきり蹴り飛ばしてしまった。
遊星盤は、唖然として言葉を失った二人を乗せたまま、ふわんと浮き上がったかと思うと、次の瞬間ものすごいスピードで部屋を飛びだしていた。