嬉しい!楽しい!大好き!!

(2)

ランディがふうっと息を吐いてフォークをテーブルに置くと、マルセルは首を傾げた。

「どうしたの? まだケーキ残ってるじゃない。もったいないよ?」

「いや、もう俺はいいよ。おいしいんだけどさ、俺にはちょっと……甘すぎるから」

「じゃ、ボクが食べてもいい?」

「ああ」

ランディは皿の上に残ったケーキを皿ごとマルセルに手渡し、それを嬉しそうに頬張る弟のような少年を微笑みを浮かべながら黙って見つめた。

『……そういえばアンジェもケーキが大好きだって言ってたよな。この間連れてってあげたテラスで、いつまでもメニューが決まらなくって、結局その時お店にあったケーキを全種類もってきてもらったっけ。つい見とれちゃったら、彼女真っ赤になって俯いて「そんな風に見ないで下さい。……恥ずかしいから」って。……だってさ、あの時のケーキを食べてる嬉しそうな笑顔、すっごく可愛かったんだもんなぁ……』

ぼんやりと先々週の出来事を思いだす。それが今日の出来事と重なり、いつの間にかランディはうっとりと天井を見上げてにやにやと思い出し笑いを浮かべ始めた。

マルセルはしばらく夢中でケーキの山を崩していたが、ふと自分に注がれていた視線が逸れたのを感じ、目の前で悦に入るランディをじーっと観察する。そして相好を崩した先輩に向かって小さな声で呼びかけてみる。

「……ランディ」

「…うん? なんだい、アンジェ……う、わわっっ、マ、マルセルっっ!!」

うっとりと答えた後で、呼びかけたのがあきれ顔をしたマルセルだとわかった途端、驚いたランディはがたがたっと音を立てて立ち上がろうとして椅子の脚に自分の足を引っかけてしまった。

がた?んっっ! と派手な音を部屋中に響かせてひっくり返ったランディを、マルセルは座ったままじーっと見つめている。やがてひょっこりとテーブルの影から顔を覗かせた青年は、穴があったら入りたいといった表情を浮かべて頭を掻いた。

「っててて……あ、はは。ごめんな、うるさくしちゃって」

「……いいけど。もしかしたら罰が当たったのかもね」

「罰って……なんの?」

「だってさぁ。ボクだってアンジェの事、だぁい好きだったんだよ? なのにランディったら、彼女を独り占めにしちゃうんだもん。だからきっとその罰が当たったんだよ」

「ひ、独り占めって……まいったな。でも……それなら仕方ない、か…」

ランディが照れ臭そうに頬を軽く掻くしぐさを見たマルセルはしばらく不貞腐れていたが、やがてぷっと膨れていた頬から空気を抜いた。そしてくすっと笑うと立ち上がり、テーブルを廻ってランディの前に立つと彼の腕を掴んだ。

「ふふっ。ウソウソ、冗談だよ。ボク、アンジェの事好きだけど、ランディの事も大好きなんだもん。だから大好きな二人が幸せになれるなんて、こんなうれしい事はないよ。だからこうしてお祝いしてるんだよ?」

「……マルセル」

「だからね、約束してくれる? 絶対アンジェを幸せにしてあげるって。絶対アンジェを泣かさないって」

「……ああ、きっと。約束する」

ランディが力強く頷くのを見て、マルセルはもう一度にこりと微笑む。そして立ち上がったランディの手を離した途端、ふとある疑念が頭を過って首を傾げた。

「でもさ、これからどうなるのかなぁ? アンジェはもう女王試験を続けないんでしょ?」

「…う、うん。その事で明日ディア様にご報告しようと思ってさ」

「そうしたらアンジェは女王候補じゃなくなるんだよね。ロザリアが女王陛下になるんだよね。……じゃ、アンジェは普通の女の子に戻るんだ」

「そうなるの…かなぁ」

ランディがう?んと腕を組んで考え込む横で、マルセルはふと思いついた事実にたちまち顔を曇らせた。

「どうしたんだ、マルセル?」

「……うん。あのね。女王候補じゃなくなって普通の女の子になっちゃったら、もう一緒にいられないんじゃないのかなって……」

「え?」

「だって、この飛空都市は女王候補の試験の為に特別に作られた場所でしょう? だから女王陛下が決まったら、みんなで聖地に帰るんだよね。そうしたら……普通の女の子になったアンジェは……」

守護聖でもなければ女王でもない。取り立てて優れた技量があるわけでもない少女が聖地に入るなど前例がない事だ。

普通に考えれば許可されるはずはなく、早々に自宅へ送り返されることだろう。

例えその守護聖のひとりと恋に落ちたからと言っても、守護聖が在任中に妻帯することもまた前例がなく、なによりランディはまだそこまで考えもしなかった。ただアンジェリークという少女が好きになって、彼女と一緒にいたいと告白しただけで、すぐ結婚だなどとは思いも及ばない。いわば恋人同士のスタートラインに立っただけなのだ。

そうなるとアンジェリークの立場は確かに微妙だ。

マルセルの言葉の先をランディは黙って自分の中で反芻する。

『……そうだ、俺って……どうしてこう馬鹿なんだろう。アンジェも俺の事が好きだったって聞いて、ただただ浮かれてて。これからどうしなきゃいけないのか、まるで考えてなかった。……考えなきゃ。ちゃんと彼女の事を考えなきゃ、せっかく一大決心して告白したって言うのに、その為に離れ離れになってしまうかもしれないんだ……』

いつになく真剣な表情をして黙り込むランディを、マルセルは不安そうに見上げた。その怯えた子供のような瞳にはっとなり、ランディは慌てて微かな笑みを浮かべてマルセルの頭を軽く撫でる。

「マルセルは心配しなくていいよ。これは俺がちゃんと考えなきゃいけない事なんだから」

「でも……」

「大丈夫だって。俺だってやる時はちゃんとやれるんだって、今日の事でわかっただろ?」

「……うん。でも……」

「今日はありがとうな。マルセルにお祝いしてもらえて本当にうれしかった。それじゃあ、もう遅いから俺は帰るよ。……また明日、な」

「……うん。おやすみなさい」

うつむきがちに小さな声で呟くマルセルの頭をもう一度くしゃっと撫でると、ランディはくるりと踵を返した。すると弾かれたようにマルセルが顔を上げ、足早に玄関へ向かう後ろ姿に大声で叫んだ。

「ランディッ!」

しかし、ぴたりと足を止めてゆっくりと振り返ったランディになんと言っていいかわからず、ぎゅっと拳を握りしめて消え入りそうな声を発した。

「……あの……が、頑張ってね。ボクはいつだって二人の味方だから……ね」

ランディはしばらく黙ってマルセルを見つめ、やがてふっと緊張を解くと微苦笑を浮かべながらわかっていると言いたげに頷き、そっと玄関の扉を開けて出ていった。