ランディはふうっと息を吐き出すと、隣でうつむく少女の方へ身体を向ける。そしてもう一度深く息を吸込み、声を上擦らせながら言葉を発した。
「ア、アンジェリ?クッ!」
「は、はいっ!」
呼ばれた少女も弾かれたように顔を上がる。その動きに合わせて、少女の金色の緩やかな巻き毛が揺れた。
「お、俺っ! お、俺はっ!!」
ランディは両手を降ろしたまま何度も手を握ったり開いたりを繰り返し、やがて意を決したのか伏せていた顔を上げ、アンジェリ?クを正面から見下ろした。
その怖いくらい真剣な瞳に、アンジェリークは僅かに身じろぐ。
「ア、アンジェリ?ク。お、俺……俺はっ……」
「はいっ……」
お互いに同じ言葉を繰り返す。
この場所に来てから、もう何度同じ動作を繰り返したかわからない。
もしこの場にオスカーやオリヴィエ辺りがいたとしたら、苦笑されるのは必至だが、当人達は真剣そのもので、今どき珍しい事だがそれだけお互いに真面目なのだろう。
じっと見返してくるアンジェリ?クの緑の瞳の輝きが眩しくて、ランディは再び出かかった言葉を飲み込んでしまいそうになる。
だがこのままじゃいけないとばかりに軽く頭を振って覚悟を決め、ずっと暖めてきた言葉を目の前にいる少女に告げた。
「お、俺は……き、君が好きだ。ずっと……ずっと君が好きだった。だから……だからアンジェリ?ク。これからも、俺とずっと一緒にいて欲しい……んだ」
ようやく思いのたけを吐きだすと、ランディはほうっと息を吐いた。
すると降ろしていた手に柔らかい小さな手がそっと触れたので、驚いて顔をあげると、アンジェリ?クが泣き出しそうな顔をしながらそれでも健気に唇に微笑みを浮かべていた。しかしランディの驚いた顔を見た途端、今度は心の底から嬉しそうに笑った。
「…わたしも……ずっと、ずっと…ランディ様が好きでした。ランディ様だけを……ずっと見てきたんです。……えへっ、どうしてだろうな。すごく嬉しいのになんだか……涙が出てきちゃった。……変ですね、私ったら」
ぺろっと舌を出して微笑もうとしたはずみで、アンジェリ?クの大きな瞳からぽろぽろと涙が溢れてくる。アンジェリ?クは自分のその涙に驚いて、慌ててごしごしと自分の目を擦り始めた。
「あ、あれ? ホントに止まらなくなっちゃった……。やだ……恥ずかしい……」
ランディは苦笑すると、真っ赤になって鼻をすすり上げる彼女を自分の方へ引き寄せる。そして力を入れたら壊れてしまいそうな華奢なその身体を、そっと抱きしめた。
「……あ、あの、ランディ様……お洋服が汚れちゃいます……」
「かまわないよ。君の涙が止まるまでこうしていたいんだ。……駄目かな?」
ランディはそう呟くと、自分の腕の中で伏せている少女の顔を伺うようにして覗き込んだ。するとアンジェリークは無言でふるふると首を振り、ランディの腕を掴んでいた手に力を込めた。
「離しちゃやです……涙が止まるまでずっと……」
「ああ、ずっと……だ」
辺りに涼しい夕暮れの風が吹き始めたのをきっかけにして、二人はお互いの身体を離した。ところが正面から見つめあうと、途端に恥ずかしさがお互いに込み上げ、照れ臭そうに視線を逸らす。
「えっと……も、もう、遅いからさ……そろそろ帰ろうか?」
「…そ、そうですね。……また明日も会えるんですものね」
アンジェリークの言葉に、ランディは力強く頷く。
「そうだよ。これまでもそうだけど、これからも……いつだって会えるんだ」
「はいっ」
にっこりと微笑み返してくるアンジェリークの瞳にもう涙はない。それを確認するとランディは頭を軽く掻き、はっとなってその右手を自分の服で慌てて拭う。そしてその手をアンジェリークの方へ恐る恐る差しだした。
「じ、じゃあ……帰ろう、アンジェ……」
アンジェリークは差し出された右手とランディの照れ臭そうな顔を交互に見比べ、頬をほんのりと染める。そしてランディの手に自分の白い手をそっと滑り込ませた。
「はい。帰りましょう、ランディ様」
ランディは満面の笑みを浮かべたアンジェリークを改めて見返してくすっと笑うと、小さな手を握る右手に力を込めた。
マルセルは自分を呼ぶ声に返事をすると、扉を開けてとんとんと軽やかに階段を駆け降りた。そしてちらりと玄関へと視線を走らせる。そこには玄関の扉を開ける執事と、彼に挨拶をする見慣れた青年の姿があった。
「ランディ!」
一声叫ぶと最後の段をぽんと飛び降り、玄関へと駆け出す。
「どうだったの?」
すると玄関口でこちらに振り返った青年は、マルセルに向かって屈託ない笑顔を返し、ついで人さし指と親指で丸を作るとウインクをした。そのしぐさを見て、マルセルの顔にもぱあっと笑みが広がる。
さらに速度を上げてランディの目の前まで一気に走り寄ると、彼の手を取ってぶんぶんと上下に振り動かした。
「うわ――?いっっ! やったね、ランディ!! よかったぁ――?」
「ハハッ、そんなに喜んでもらえるとは思わなかったな。何だか照れ臭いや」
「なに言ってるのさ。ボク、すっごく心配してたんだよ? ランディったらちゃんとアンジェに言えるのかなぁって」
「そ、そんなに頼りなく見えたのか?」
「ランディって、肝心な時に肝心な事言えなくなるタイプなんだもん。だからとっても心配だったんだ。……でも、ホントに良かった。おめでとう、ランディ」
マルセルはそう呟くとにこりと微笑む。その顔を見て、ランディも照れ臭そうに鼻の頭を掻きながら呟いた。
「……ありがとう、マルセル。ほんとは明日でも良かったんだろうけど、どうしてもマルセルには今日中に報告したくってさ。その……いろいろ心配させちゃったし」
マルセルはふふっと笑うと、側に立ったままの執事を見上げた。
「ね。晩餐の時にケーキを用意してくれる?」
「……ケーキ、でございますか?」
「うん。とびっきり大きくて最高に美味しいケーキがいいな。だって今夜はお祝いしなくっちゃいけないんだもの。ね、ランディ?」
「え? い、いや、遅いから俺はもう帰るよ。これだけ言いたかっただけだからさ」
「え?、晩ご飯一緒に食べようよ。で、ケーキで一緒にお祝いしよう。……あ、それとも、ボクじゃなくてアンジェと一緒の方がよかった?」
「マ、マルセルっ!」
ランディはたちまち真っ赤になると、慌てふためいてマルセルと執事の顔を交互に見比べた。マルセルはまるでいたずらっ子のようにぺろりと舌を出したが、執事の方はくすっと軽く笑っただけで、二人に目礼すると静かにその場を後にして厨房へと向かった。
この屋敷の幼い主の申し付け通り、調理人に晩餐の料理をもう一人分追加させるのと、こんな時の為にいつも用意しているスポンジケーキにたっぷりと生クリームを塗るようにと指示をする為に。