「ああ、泣いてたぜ。どうしてだろう? なんでだろう? もう嫌われてしまっただろうか?って、一生懸命話しながら、いつの間にかボロボロ涙を零して……。そんなものを見せられたら、俺でなくとも、自分勝手で気まぐれなワガママ野郎を、思いきりぶん殴ってやりたくなるだろうが」
オスカーの言葉に、レオナードは僅かに身体を引いた。そして微かに視線を逸らすと、小さく舌打ちをする。
「……あんっのバカ。よりにもよって、コイツじゃなくてもイイだろが」
レオナードをじっと見つめたまま、オスカーは身体を少し起こし、膝の上で両手を組んだ。
「俺は基本的に、他人のことに首を突っ込むことはしない。ましてや、それが色恋沙汰ならなおさらだ。そこまで酔狂じゃないし、暇でもないからな。だが、これがお嬢ちゃんとなると話は別だ。エトワールは、あちらの宇宙の命運を握っていると言っても過言じゃない。そんな彼女の心の平安を乱す奴は、例え誰であろうとも、許すことはできない」
レオナードは開き直ったのか、再び背もたれに寄りかかって踏んぞり返ると、すっと目を細めて薄い笑みを浮かべた。
「許せねェなら……どうするよ?」
するとオスカーは手を組んだまま、まるで日常会話の延長のような雰囲気であっさりと言い放った。
「斬る」
「マジか。おー、おっかねェ」
大袈裟に降参のポーズをとって見せるレオナードだったが、オスカーは微動だにせず、黙って目の前の男を睨み続けた。
しばらくして、先に動いたのはレオナードだった。彼は軽く肩をすくめると、オスカーから視線を逸らし、眉をひそめながら所在なげに頭を掻いた。
「あー、わーったよ! 俺様の負け、降参だァ! ったく、ダテに守護聖サマを長くやってないってか?」
吐き捨てるように言うと、オスカーの後ろの窓から見える空に視線を移し、レオナードはぽつりと呟いた。
「――あんたはどうよ?」
「なんだ?」
「惚れちまった女が、ゼッタイ手の届かない存在になっちまうの、黙って見てられるか?」
レオナードの言葉に、今まで微動だにしなかったオスカーの肩がぴくりと動いた。
「アイツ、そのヘンが全然わかってねェんだよなァ。俺がアイツを『天使』だって認めたら、アイツの存在は皆のモノになっちまうってコトだろ? 俺ァ、神とか信じちゃいねェけど、天使ってのァ神様の使いで、皆に幸せを振りまくんだろ。そんなのになっちまったら、アイツを俺のモノに出来なくなっちまうじゃねェか」
レオナードはさらりと言いはなったが、実はものすごい爆弾発言をしているのだとは、本人はまったく気がついていない。
そんな別宇宙の光の守護聖を、呆れつつ黙って見ていたオスカーだったが、やがて小さく溜息をつくと身体を起こし、レオナードと同じように背もたれに身体を預けて、後ろの窓越しに空を見上げた。
「それは、確かに認めらないな」
「だろ? そーいうオトコゴコロっつうのを、アイツはまだわかってねェのよ」
「ま、もっとも俺は、天使だと認めたうえで引っ攫ったけどな」
オスカーの勝ち誇ったような言葉に、今度はレオナードが、呆れたような視線を目の前の男に向けた。
「エンジュ!」
聞きなれた声に足を止める。振り返ってみると、レオナードが聖殿の廊下の壁に背中を預けて腕を組み、顔だけをこちらに向けている。
「……なん、ですか?」
この間、部屋を追い出されてから初めて会うので、なんとなくぎこちない様子の彼女に苦笑いを浮かべながら、レオナードはゆっくりと歩き出した。不安げに見上げてくる彼女の頭にぽん、と手を乗せると、いつもより少しだけ優しく撫でてやった。
「こないだは、悪かったな」
「……いいえ」
俯いたまま、エンジュは小さく頭を振った。レオナードの声が、この間とは違って穏やかなのにほっとしたようだ。黙って頭を撫でられているエンジュをしばらく見下し、やがてレオナードは微かに唇の端を上げて微笑んだ。
「ああ、そうそう。そういや、こないだの話」
「えっ?」
また何か蒸し返されるのだろうか、とエンジュは目を見張って顔を上げた。が、レオナードはエンジュの頭から手を放すと、腰にそれを当てて前かがみになり、彼女の顔を覗き込むような姿勢になってにやりと笑った。
「アレ、呼んでやるわ」
「え? って、レオナード様??」
「ま、今すぐってワケじゃねェが。そうだなァ、もう少し育成が進んでから……あー、そんなんじゃ分かりにくいな。んじゃ、守護聖を九人ちゃんと集めたら、お望み通り天使サマって呼んでやる。……どうよ?」
「ホント、ですか?」
怪訝そうに聞き返すエンジュの頭を、レオナードは笑いながらまたくしゃくしゃと掻き回した。
「ホントホント。俺様、光の守護聖よ? 嘘つくわけねェっての。……だからまぁ、せいぜい頑張れや」
「……はいっ、頑張ります! ありがとうございます、レオナード様っ!」
何度も振り返りながら、嬉しそうに手を振るエンジュの姿に苦笑を浮かべていたレオナードだったが、彼女の姿が廊下の角に消えてしばらくしてから欠伸をかみ殺し、大きく伸びをした。
「あー、かったりぃ。こんなに残るなんて、ご大層に出してきたあれ、味は悪くなかったけど安酒じゃねぇのかぁ? まーでも、なかなか貴重な話聞かせてもらったからイイけどよ」
呟きながら歩き出すと、レオナードは首の後ろを軽く叩いた。
「そーだよなァ、天使だろうがなんだろうが、マジで惚れたんなら攫っちまえばいいんだもんなァ。さすが、守護聖サマは言うコトが違うぜェ」
自分の発言が、とんでもない自信をレオナードに持たせてしまったことなど知る由もないオスカーは、珍しく飲み過ぎで痛む頭を抱えつつ、目の前の書類に黙々とサインを続けていた。