しばらく雪を眺めていたエンジュだったが、やがて小さく首を傾げてレオナードを見上げた。それまで「さみーっ」だの「凍えちまうっー」だのとぶつぶつ言っていた彼が、いつの間にかおとなしくなっていたのが気になったからだ。
「レオナード様、大丈夫ですか?」
「……んーっ?」
「あの……生きてますか?」
「死ぬかっつの」
エンジュの心配そうな声に、レオナードはむくっと顔を上げた。そして、安心したようにほっと息を漏らす少女を見下し、ぼそっと呟いた。
「……すっげェやーなコト、思い出しちまってた」
エンジュが首を傾げると、レオナードはすっと彼女から身体を離した。そして、ふわふわの手袋に包まれた少女の手をとると、その指先をじっと見つめながら軽く笑った。
「お前は雪がキレイだって言うけど、俺ァガキの頃から、雪が大嫌いだったぜェ。寒いしウザいし、最悪だ」
「そう……ですか?」
納得がいかないのか、エンジュは不服そうな表情を浮かべて、白く輝く銀世界を改めて見回してみせた。
「やっぱり、綺麗だと思いますけど」
「そりゃあ、あったかい服着たり、暖房の効いたウチん中から見りゃあキレイだろうさ。けど、ロクな服も着せてもらえねェ、ウチも家族もねェ、いっつもハラを空かせてるガキから見たらどうよ? 雪なんざキレイどころか、タダの拷問だぜェ」
「レオナード様……」
エンジュは小さく呟くと、申し訳なさそうに頭を垂れた。いつも傲慢で自信に溢れて、楽しそうに日々を過しているからつい忘れてしまうが、目の前の男は、あまり幸せではない人生を歩んできていた。だからこそ、それらを全て振り切って「守護聖になる」ことで、これから新しい人生をやり直そうとしているのだ。
「……ごめんなさい。私、はしゃぎすぎました」
やがてエンジュが、消えそうなほど小さく呟いた。と、レオナードはそんな彼女の手指を、手袋ごとぎゅっと握りしめて口元に笑みを浮かべた。
「お前が謝るコトじゃねぇだろ? ……つか、悪かった。ヤな話、しちまったな」
自嘲気味にそう呟いたが、すぐにレオナードは表情を変え、うな垂れているエンジュの頭をわしゃわしゃと乱暴に撫でると楽しそうに笑った。
「ま、フツーのお子様は、んなコト考えずに雪を見たら喜ぶもんだろ。だから、お前もいつまでも辛気くせェツラしてんな。ほれ、遊んじまえ!」
「わっ! もぉっ、髪の毛、クシャクシャになっちゃうじゃないですかぁっ!」
慌てて頭を押さえると、エンジュは懸命に移動しにくい雪を踏みしめてレオナードの側から距離をとり、足下の雪をすくい上げると手の中で丸めはじめた。
「わかりました。じゃあ、そのお子様の実力、見せてあげますからね!」
「おっ♪ 生意気言うじゃねェの。エンジュ、お前、俺様がガキの頃『雪玉の帝王』って呼ばれてたの知らねェなァ?」
「あははっ! なんですかその名前!」
「雪玉ん中にこんくらいの石を入れとくわけよ。そうすっと、まず負けなかったね」
「うわっひどいっ! それ反則ですよぉっ!」
「俺様にルールなんぞいらねェ。何故なら、俺様の後にルールがついてくるんだぜェ」
「なんですかそれーっ! すっごい勝手な理屈ーっっ!」
呆れたように叫びながら、それでもエンジュは満面に笑みを浮かべていた。彼女が普段通りの明るさを取り戻したことに安心したレオナードだったが、彼女の笑顔を見たことで、いつの間にか自分も優しい気持ちと笑顔を取り戻していることに気がついてはいない。雪の中に手を差し込んでそれをすくい上げても、もう、それが昔感じたような「ただの冷たい塊」だとは思わなくなっていたことにも……。
「レオナード様ーっ!」
「なんだぁ!? やる前からもう降参かァ?」
叫んだと同時に身体を起こすと、白い塊がぱふんと彼の肩口に当たって弾けた。
「これ、思い出に追加してもらえませんかーぁ?」
「あぁっ!?」
レオナードが怪訝そうに眉をひそめると、エンジュはもう次の雪玉を一生懸命丸めながら叫んだ。
「雪の思い出ですーっ! 子供の頃のじゃなくなっちゃいますけど、こうやって二人で雪の投げっこしたのを、レオナード様の雪の思い出にして下さーいっ! やっぱり、思い出って、綺麗なものがいっぱいあった方が、絶対ゼッタイ、楽しいと思いますもん!」
「……っとに、言うコトがガキだよなァ」
エンジュの言葉に、レオナードは呆れたような笑みを浮かべた。
――俺の思い出に、これ以上、お前をのさばらせてどうすんだっつの。
けれどそれを言葉にはせず、レオナードは「そういうのは、この俺様に勝ってから言うんだなァ!」と叫び返し、にやりと笑うと、雪玉を手の中でくるりと一回転させた。