彼の指定席

(1)

「見て下さいレオナード様! ほら、こんなに白い!」

エンジュは口をすぼめて、ふっと息を吐きだした。そして、白く染まって宙に消えた自分の息を確認して、笑う。

「すごいですねー、真っ白ですよ! 景色も私の息も! すごいすごーい!」

空を見上げて腕を天に延ばし、音もなく落ちてくる雪を両手に受け止めるとゆっくりと手を下ろす。

「私、雪を見るのって初めてなんです!」

手袋越しの冷気を改めて目でも確認すると、エンジュはふわりとスカートを靡かせて廻った。

「私の故郷ってけっこう気候が温暖だから、寒くなっても雪まではいかないんですよねー。だから雪って想像してただけなんですけど、想像してたよりも本物の方がうんと綺麗で神秘的ですね!」

ここにきてようやく、エンジュは先ほどから自分が独りでしゃべっていることに気がついて、怪訝そうに振り返った。

「レオナード様? どうしたんですか?」

「どうしたもこうしたもねェっつの」

眉をひそめて憮然と呟くレオナードを見上げ、エンジュはしばらく黙っていた。が、すぐに「あっ!」と小さく声を立てると、慣れない雪で転ばないよう慎重に彼のそばに数歩近づき、心配そうに囁いた。

「もしかして、お腹が痛いんですか? さっきカプリコン広場で食べたたこ焼きに、変なものでも入っていたのかなぁ…」

「お前ね…」

「違うんですか? あ、じゃあお腹が空いたんですねっ! 実は私もです!」

「さっき食べたばっかだろが! ……って言いたいのはそうじゃねぇっ! 俺ァさみいんだよっ!」

「えー、レオナード様ってば当たり前じゃないですか。だって雪が降ってるんですよ?」

「……それが人を無理矢理んなとこに連れ出した奴の言うことかァ?」

こめかみをひくつかせながらそう呟くと、レオナードは押し黙った。が、すぐに右手を軽く上げると人差し指を立ててくいくいと動かす。

「エンジュちゃーん。ちーっとばかしこっち来いや」

「なんですか? まさか、変なことする気じゃ……」

「ばーか。昼間っからお子ちゃまに手ェ出すほど俺様は不自由してねェよ。いーからこっち来てみろって」

「なんか引っかかりますけど、その言い方」

ぷうっと頬を膨らませながらも、エンジュは雪をザクザクと踏みしめながら、腕を組んでやや背中を丸めているレオナードへと更に近づく。そして、手を伸ばせば触れ合える位置まで来ると立ち止まり、顔をすっとあげた。

「なんですか?」

「向こう、向いてみ?」

怪訝そうに眉をひそめつつも、言われた通りにくるりと身体を反転させると、レオナードに背を向けてエンジュは軽く空を見上げた。

「こうですか?」

「そうそう♪」

楽しそうなレオナードの声が後ろから聞こえてきたかと思うと、次の瞬間、背後からすっと伸びてきた腕がエンジュの身体を抱きしめるように廻され、驚いて身体を竦ませる彼女のコートのポケットに、するりとレオナードの手が滑り込んだ。

「レ、レオナード様!?」

「あー、やっぱお子様は体温高いわ。うーっ、暖けーっ」

「もーっ、変なことしないって言ったじゃないですかぁっ!」

「変なことじゃねェだろ。俺ァ暖とってるだけだっつの。それともナニ? もしかして、ナニか期待しちゃってるワケ?」

「してませんっ!!」

照れ隠しにわざと大声でそう叫ぶと、レオナードはエンジュを抱きしめたまま、身体を震わせて楽しそうに笑う。

「んじゃ、おとなしくカイロ代わりになってろ。んな寒いトコに連れ出したの、お前なんだからよ」

「レオナード様だって、静かなトコならどこでもいいっておっしゃったじゃないですか」

「寒くてもイイとは言ってねェ」

「……ズルイんだから、もおっ」

そう呟いたエンジュは、諦めたように溜息をついた。