超所有物待遇

(2)

神器が腕に嵌まったことも気にせずに、エンジュはなおもスケジュール帳をめくり続け、ようやく目的のページを見つけて目を輝かせる。

「あった! ええっと、今日の予定は――」

「なにしてんだ?」

ひょいっと背後から伸びた手が、開いていた手帳をさっと取り上げた。エンジュは瞬時にむっと眉をひそめると、精一杯怖い顔を浮かべて後ろを振り返った。

「もぉっ! いきなりなにするんですか、レオナード様っ!!」

品定めでもするようにパラパラと手帳を捲っていたレオナードだったが、少女の言葉にふと手を止めたかと思うと、にやりと意味あり気な笑みを浮かべる。

「へェぇ。見もしねぇで、よぉく俺様だってわかったじゃねェの。やっぱ惚れてっから?」

「違いますぅ。だって、こんなことするのレオナード様しかいないですもん」

「……思いっきり否定かよ」

むすっと不機嫌な表情を浮かべたレオナードだったが、エンジュは彼がそんな表情をするところの意味が、まだ理解できていないらしい。自分の頭より高い位置で手帳の中身をパラパラとめくるレオナードの腕に、エンジュはぴょんぴょんと飛び跳ねながら何度も腕を伸ばした。

「もうっ! 返して下さいってば!」

「なになに……ほー、なっかなかマジメにスケジュール組んでんじゃねェの。エライ、エライ♪」 

「もーーーっ、いいから返して下さい!」

「んなぴーぴー騒がなくても、見たら返してやるって」

「レオナード様が見ても意味ないじゃないですかぁ! そういうのは、ちゃんとスケジュールとか決まりを守る人が見るものなんですから!」

「……お前さっきから、なんっかひと言多いと思わねェ?」

一瞬憮然としたレオナードだったが、それでも手帳をまだ手放す気はないらしく、エンジュの手を巧みに躱しながら、表紙のカバーに小花模様をあしらった手帳をなおも眺め続けた。

最初は、しきりに感心したような(どこか小馬鹿にしたような)独り言とも相槌とも聞える言葉を洩らしていたレオナードだったが、手帳のスケジュールページを捲るうちに、段々と無口になった。

やがてひと言も発しなくなったかと思うと、急に眉をひそめ憮然とした表情を浮かべて、手帳をぱたんと閉じる。そしてエンジュを見ることもなく、ほうり投げるように彼女の手にすとんと手帳を落とした。

「……ほらよ」

「わ! 乱暴にしないで下さいっ!」

「へー、へー、悪うございましたね」

吐き捨てるように呟いた言葉は、いつもと同じだったが、その声音や表情から、彼が明らかに『不愉快』であることを現わしている。そんなレオナードの横顔を唖然として見上げていたエンジュだったが、みるみるうちに彼女の眉が釣り上がった。

「レオナード様っ! 何怒ってるんですかっ!」

「るっせぇな。怒ってなんかいねェよ」

「嘘です! すっごく不機嫌そうな顔なさってるじゃないですかっ! 私、なにかしましたか?」

むしろ不愉快なことをされたのは自分の方だ、と言わんばかりにエンジュが叫ぶと、しばらくしてレオナードが眉をひそめたまま、彼女の方へ顔を向けて苦々しげに呟いた。

「俺様の名前がねェぞ」

「……は?」

エンジュが怒りを一瞬忘れ、きょとんとした表情で首を傾げると、レオナードはずいっと腕を伸ばし、エンジュが手にしている手帳の表紙に、人差し指をぐいぐい押し付けた。

「このスケジュール、俺様の名前がひとっつも載ってねェっ! どーいうつもりだ、ああっ!?」

「は…………あ、ああ!」

ようやく納得がいったのか、エンジュはぽんっと手を叩いた。そして憮然としたままのレオナードに向ってにっこりと笑いかけた。

「なぁんだ、そんなことで怒ってらしたんですか」

「そんなこと、だァ?」

ぴくり、とレオナードが眉を動かしたが、エンジュはそんな事などまったく気にしていないようで、相変わらず無邪気な笑顔を浮かべている。

「だって書く必要ないじゃないですか。毎日お伺いするんですから」

「……は?」

あまりにもはっきりと言いきられたので、今度はレオナードの方が一瞬怒りを忘れ、ぽかんとした表情を浮かべた。

「いくら私がおっちょこちょいでも、毎日することは忘れたりしませんよ。だから、わざわざ書かなかったんです」

にこにこと屈託のない笑顔を浮かべているエンジュが、今まで以上に可愛らしい存在に思えて、レオナードはガラにもなく戸惑った。が、それを素直に表現するには、彼は少々トウが立ちすぎていたようで。

レオナードはすっと身体を起こすと、目を細めてエンジュを見下し、勝ち誇ったような笑みを唇の端に浮かべた。

「つまり要するに、お前は毎日でも俺様に会いたいわけだ」

「うーん、そういうことになるのかな?」

「なるのかな、ってぇのはなんだよ! ……ま、いい。他ならぬエトワールの望みだ。守護聖としちゃあ、叶えないわけにはいかねェよなァ」

「はい、お願いします。そうすれば、育成も今以上に順調になると思いますし」

嬉しそうに答えたエンジュの、最後の言葉に僅かな違和感を覚えたレオナードは、笑みを引っ込めて首を傾げた。

「は? なんでここで育成が出てくんの?」

「え? だってレオナード様、これからは真面目にお仕事して下さるんでしょう?」

「はぁ?」

いやな予感が微かにしたが、レオナードは問い返さずにはいられなかった。するとエンジュは、満面の笑みを浮かべたまま、得意そうに口を開いた。

「真面目に仕事して欲しかったら、毎日監視しに来いっておっしゃったじゃないですか」

「待て。ってェことは、つまり俺様のとこに毎日来るのは……」

「はい、しっかりバッチリ監視しに行きますから、これからはバリバリお仕事して下さいねっ!」

「…………そーいう意味かよ」

「こいつのことだから、こんなオチじゃねェかとは思ったケドよ………」と溜息をつくレオナードを、不思議そうに見ながらも、エンジュは楽しそうに笑った。

おわり