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水月鏡花

(9)

−−季節とは、こんな風に変わっていくのか。

人の身を持ってからちょうど二度目の春を迎えた大倶利伽羅は、去年は感じなかった気配に雑草を抜く手を止めてそっと目を閉じた。

つい最近まで冷気を含んでいた風は、今ではかすかな温みを加えて頬や腕をすり抜けていく。氷がすっかり解けてむき出しになった地面の土も、寒気の中で透き通るような蒼が広がっていた空も、いまは少し煙っているのか濃くて深い青へと変わっている。

なにもかもがわずかずつ、しかし確実に春という新しい季節に切り替わっていく。しかし彼の手は……燭台切が夜毎己に触れてくる掌は、今もまだ冬の冷気のように冷たいままだ。

ついそんなことを考えてしまってから、大倶利伽羅は眉をひそめ、その考えを吹っ切るように首を振った。

そして目を開け再び雑草に手を伸ばしたところで、やけに廊下が騒がしくなるのを聞いて顔を上げた。

大倶利伽羅と一緒に畑の手入れをしていた五虎退は立ち上がり、賑やかな方を振り返った。そして懸命に背伸びをしたかと思うと、大倶利伽羅を振り返って目を輝かせた。

「大倶利伽羅さん、新しい人が来たみたいです!」

五虎退の言葉に大倶利伽羅もようやく顔を上げ、地面に手を着いたまま渡り廊下に目を向けた。

徐々に近づいてくる二つの人型は、ひとつはここの主である審神者だ。そして彼の隣にいるのは、確かに今まで見たことのない人物だった。二人の後ろからは好奇心に溢れた今剣と愛染国俊、それに蛍丸もあれこれ話しながら追いかけている。それはまるで飴売りの行商人について回る祭にやってきた村の子供たちのようだ。

大倶利伽羅は立ち上がると、近づいてくる行列をじっと目で捉えている五虎退の頭を軽く叩いた。

「おまえも興味があるのか?」

「え? あ、いえ! ぼ、ぼくは…その……」

肩を震わせて顔を上げた五虎退は、最初は大きく首を振ってみせた。しかし大倶利伽羅が頭をそっと撫でると、顔をさっと赤らめてうつむいてしまった。

「あの……新しい人ってどんな人かなって、気にはなります。優しい人だといいなって」

「そうか……」

「ここにいる人は、みんな優しいですから。主さまも大倶利伽羅さんも燭台切さんも、時々怖い長谷部さんだって、いつもはすごく親切ですし…だから、新しくきた人とも仲良しになれたらいいなって……思います」

「心配はいらない。あの主が呼んだ刀だ、おかしな奴ではないだろう」

言ってくしゃりと五虎退の髪を優しく掴むと、少年はくすぐったそうに首をすくめてから破顔した。

「はいっ! 僕もそう思います!」

屈託のない笑顔に大倶利伽羅の口元にもかすかな笑みが浮かんだが、それと同時に廊下を歩いていた人物がこちらに気がついたのか、足音が急に大きくなった。

「こいつぁ驚いた! もしや君、大倶利伽羅か?」

ぱたぱたと駆け寄ってきた足音は大倶利伽羅と五虎退の前で止まると、下に降りようか一瞬迷ってから縁側にどかりと腰を下ろした。

「俺がわかるか、伽羅坊? 君の竹馬の友だ」

言って顔を突き出した青年は、細身の上に端正な顔立ち、加えてまるで白無垢で全身を包んでいるような出で立ちなものだから、やけに神々しくて高貴な雰囲気を漂わせていた。しかしその姿とは裏腹に、駆け寄ってくるのは大股でどたばたとやかましく、おまけに縁側で胡坐をかいている様子はいっそ豪快ささえ感じられた。

そんな一見ちぐはぐにも見える青年だったが、彼は目をキラキラさせて大倶利伽羅からの返事を待っている。その勢いに押されて硬直した大倶利伽羅だったが、隣の五虎退に不安げに上着をぎゅっと握られて我に返った。

そして真っ白な美青年を睨むように見つめてから、遙か昔に感じた気配を思い出して口を開いた。

「鶴丸……鶴丸国永、か?」

すると真っ白な青年はぱっと目を見開き、それからすぐに目を細めて口をぱくりと大きく開けて笑った。

「そうだ! 俺は鶴丸国永! さすが竹馬の友!」

「そんなものになった覚え、俺にはないんだが……」

「まぁ、そう固いことを言うな。遙か昔、そして今また同じ主を頂いた間柄だ、それを友と呼ばずしてどうする!」

「うるさいわかった、耳元で大声を出すな!」

うっとうしげに身を引く大倶利伽羅だったが、そうはさせじと鶴丸は腕を伸ばして彼の肩をがっしりと掴んだ。そして見た目からは想像できない強さで自分のほうへ引き寄せると、肩を組んで満足げに笑った。