「ガウェインさん、これどうぞ」
玄関口で差し出されたタオルを受け取ったガウェインは「ありがとう」と言いながら、エレインの肩越しに室内にちらと目を泳がせた。
「ア…王はどちらに?」
「二階です、私の部屋。もうすぐ降りてくると思いますよ」
ドアの内側に半身をずらしたエレインに促されたガウェインが中に入ると、ちょうど階段の上から少女王が姿を現した。
「ガウェイン!」
濡れた赤髪をタオルで拭う青年の名を呼んだアルは、階段を駆け下りると彼の前で立ち止まった。
「よう! 迎えに来てやったぜ」
「びしょ濡れ…もう少し小振りになってからでよかったのに」
言ってアルはガウェインに歩み寄ると、思い切り背伸びをして彼の肩からタオルを取り上げた。そして「少ししゃがんで」と命じてガウェインを前屈みにさせると、再び頭にタオルを乗せてこすり始めた。
「いてっ! んだよ、もう拭いたって」
「だめ、動かないで。……ほらぁ、まだこんなに雫が垂れてるじゃない。しっかり拭かないと風邪ひいちゃうわよ」
「引かねぇよ、風邪なんか……ってら、乱暴だな! 拭くならもうちょっと優しくしろって」
「贅沢言わないの。はい、今度は後ろ向いて」
ぽんっと肩を叩かれたガウェインはなにやら口の中でモゴモゴ言いながらも、アルに指示されたまま背中を向けた。するとアルは彼の髪の裾をタオルで包んでぐいっと後ろに引いた。
「うおっ!」
背中を仰け反らせたガウェインは抗議の唸り声を上げたが、アルは気にしたふうもなく彼の髪をタオルの上から揉むようにして水気を拭っていく。
「お、おいアルっ! こ、このままだと、後ろにひっくり返っちまう…」
「もう少しだから辛抱して。ガウェインは強い騎士でしょ!」
「ってお前、この体勢、騎士とか関係ねぇぞ!」
両足を開いて踏ん張るガウェインの腿が、不自然な格好に小刻みに震え始めたころにようやく、アルはタオルを畳むと満足げにうなずいた。
「うん、これなら大丈夫かな。もういいわよ、ガウェイン」
「た……助かった…」
安堵の息を漏らしたガウェインが改めてアルの方へ向き直ったと同時に、いつの間に台所に行っていたらしいエレインが三人分のカップを乗せた盆を手にして姿を現した。
「アル、いちゃいちゃは終了かな? ガウェインさん、温かい紅茶入れたのでよかったらどうぞ」
「いっ! い、いちゃいちゃなんてしてないよ、エレインっ!」
頬に朱を散らせるアルの抗議をエレインは「はいはい、わかってるわかってる」と軽くいなし、ガウェインに目を移してにこりと笑った。
「もう少ししたら止むと思うので、それまで休んで行ってください。この子をあの雨の中、帰したくないし…」
エレインの心遣いにガウェインは口元に笑みを浮かべ、アルの頭をポンっと叩くとテーブルの方へ歩き出した。
「せっかくのお前の親友の心遣いだ。お言葉に甘えさせてもらおうぜ」
「うん」
小さくうなずいて駆け寄ってくるアルを椅子を引いて座らせてから、ガウェインは顔女の隣に腰を下ろした。
湯気の立つ紅茶が入ったカップを口元に運びながら、ガウェインは目の前のアルとエレインを交互に見つめた。少女らは二人とも、すぐにガウェインの存在を忘れたように話に没頭し始めた。
『俺が来る前だって散々話してただろうに……よくもまぁ、話がつきねぇなぁ』
結局カップの中の紅茶をのんびりとすべて飲み干すまで、ガウェインの方へアルが目を向けることはなかった。
「雨、上がってよかったね」
「ああ……」
頭の上から響くガウェインの声は、彼の機嫌があまり良くないことを暗示していた。そこでアルは首をひねってガウェインを見上げると、軽く彼を睨んだ。
「なにか、怒ってる?」
「別にぃ…」
「そういう言い方する時って、機嫌が良くない時だよね? ……もしかして、雨に濡れて具合悪くなっちゃった、の?」
途端に不安げな声音になって視線を落としたアルは、手綱を握るガウェインの手の甲にそっと指先で触れた。
「ごめんなさい…あんな土砂降りなのに、わざわざ私を迎えに来てくれたからだよね。本当にごめんね」
腕の中の少女をちらと見下ろしてから、ガウェインは肩を落として息を吐いた。
「悪い……なんでもねぇから心配すんな」
「でも…」
沈んだ声を出すアルの背後でガウェインはまたため息をつくと、手綱から片手を離して彼女の身体をそっと抱きしめた。
「本当になんでもないって。ただ……ちょっとばかし、嫉妬したっつうか…」
「嫉妬? なんで? 誰に?」
「………エレイン」
ガウェインの口からぼそりと溢れた名前に、アルは目を大きく見開くとゆっくりと振り返ってガウェインを見上げた。
「ガウェイン…」
「わかってる! わかってっから、こっち見んな!」
呻いてアルの身体から手を離したガウェインは、夜目にも赤くなっているのがわかる顔を精一杯しかめて手綱を強く握った。
そのまま黙って馬の足を速めていたガウェインだったが、やがて腕の中でアルの肩が小さく震えていることに気がついた。怪訝に思って「ど、どうした?」と彼女の顔を覗き込むと、アルの小さな手が頬に触れ、次いで柔らかな唇がガウェインのかさついた唇を掠め取っていった。
言葉を失うガウェインに微笑んだアルは、さっと耳を赤く染めて正面に向き直った。
「……雨、降ってよかった。だって雨が降らなかったら、ガウェインは来てくれなかったもの」