「――ニクス」
彼にしては珍しく恨めしげにつぶやいたジェイドは、顔を上げてニクスを見ながら、困ったように首をかしげた。
「……ねぇ。どうすればいいと思う?」
「そう言われましても……私としては、マドモアゼルの気の済むまでお相手してあげてください、としか申し上げられませんね」
そう言って肩をすくめたニクスは、隣で仏頂面を浮かべながらグラスを傾けていたレインの方にちらりと視線を送ったかと思うと、何か思いついたのかすっと目を細めた。
「ああ。でしたら、レインくんに代わってもらうというのはどうですか、ジェイド?」
するとジェイドが答える前に、話を振られたレインが「うぐっ!」とおかしな音を立て、グラスの中身を吹きだしそうになった。その様子にニクスは眉をひそめ、小さく首を振った。
「レインくん。今の行為は、食卓では少々マナー違反ですよ」
「ばっ……あ、あんたが、へんなこと言うからだろっ!!」
「おや、レインくんはマドモアゼルのご機嫌伺いをすることが、おかしなことだと言うんですか?」
「そうは言ってない! そうじゃなくてだな!」
叫んだせいでまたむせたレインは、ごほんと一回咳払いをして椅子から立ち上がると、ソファに腰かけたジェイドとアンジェリークを指差した。
「あいつ、明らかにおかしいだろ! あんた、オレが見ていない間にどれだけ飲ませたんだよ!?」
「――確か、最初の一杯だけだ」
レインの問いに、それまで黙って手酌をしていたヒュウガがゆっくりと顔を上げ、ちらりと後ろを見てから、改めてレインに向き直った。
「ニクスが最初に配った一杯しか、彼女は飲んでいない」
「うん。ヒュウガの言うとおり、間違いないよ」
ヒュウガとジェイドがそう答えたが、レインは疑わしげにニクスを睨んだ。するとニクスは眉をひそめ、さも心外だとばかりに首を振りながらため息を漏らした。
「これだけの証言がありながら信じていただけないとは……私は悲しいですよ、レインくん」
「あんたのそういう言い方が、信用ならないんだっ!」
まだ半信半疑な面持ちでつぶやいたレインだったが、ヒュウガとジェイドが口を揃えて言うのだから、間違いなく事実なのだろう。だがそれにしては、アンジェリークの様子はただごとではなかった。
頬を真っ赤に上気させ、とろんとした瞳を潤ませながら、ジェイドの腕にしなだれかかって身を擦り寄せる彼女は、明らかにいつものアンジェリークではない。どう見ても、ワインを2~3本は一人で飲んでしまったかのような泥酔ぶりだ。
「……どれだけ弱いんだよ」
ため息ともつかない言葉を吐きだしたレインは、もう一度ジェイドに甘えるアンジェリークをちらりと見て息を吐くと、どすんと椅子に腰を下ろした。
今日はジェイドの誕生日だからと、ディナーがすむと、ニクスがとっておきの古ワインを持ち出したところまでは良かった。
もちろんその時点では、アンジェリークには代わりのジュースを配膳するつもりだったのだが、コルクを抜いた途端にふわりと漂った葡萄の甘い芳香に、アンジェリークも「一口飲んでみたい」と言いだしたのだ。
そこでワイングラスに一杯だけ注いで渡したのだが、ちびちびと飲んでいるうちに、いつの間にかジェイドの横にちょこんと腰かけたアンジェリークは、彼らが気がついた時には、もうすっかり出来上がってしまっていたのだった。
「――確かに、マドモアゼルがここまでアルコールに弱いとは」
ジェイドの肩に頭を預け、うっとりと目を閉じてハミングするアンジェリークを目を細めて見つめながら、ニクスは苦笑を浮かべた。
「わざとしたわけではない。わかっていれば、いくら少量とはいえ俺が止めていたところだ」
ヒュウガもまた、ジェイドにぺったりとくっついたアンジェリークにちらりと視線を送ったが、すぐに目を逸らすと、こほんと軽く咳払いをしてみせた。
「――せっかくの誕生日パーティーだってのに、酔っぱらいにからまれるなんてついてないな、ジェイド」
テーブルに片肘をついて手の平に頬を乗せたレインは、すっと目を細めて口を開いた。しかし同情されたジェイドは困ったように微笑んだものの、小さく首を振ってみせた。
「でも……酔っぱらったアンジェも、ちょっと可愛いかな」
そう言って視線を下に落とすと、自分の名前を呼ばれたことに気がついたらしいアンジェリークが、ゆるゆると顔を上げてジェイドを見上げた。そして彼と視線が合うと嬉しそうに笑い、ジェイドの腕に自分の両手を絡めて可愛らしく首をかしげた。
「じぇいどさん……わたし、じぇいどさんがだいすきですぅ」
「ありがとう、アンジェ。俺も、君が大好きだよ」
「ほんとうですかぁ。ふふっ、うれしいな。じぇいどさんといっしょ♪」
「うん、一緒だね」
「うふふ、そしたらぁ、わたしとじぇいどさんはぁ、ずっとずーーっといっしょってことですよねぇ?」
「そうだといいね」
「だいじょおぶですぅ。だってぇ、わたし、じぇいどさんがいっちばんすきですからぁ、ずっといっしょにいるってきめちゃいましたもん」
「君がそう決めたのなら、きっとそうなるよ」
「うふふ。じぇいどさん、だいすき♪」
すでに何十回聞かされたか、数えるのもいやになるくらい同じやりとりを繰り返す二人の様子に、ニクスは微苦笑を浮かべ、ヒュウガはまた手酌に戻って沈思した。
ただ一人、レインだけが「……勝手にやってろ」とうんざりした表情を浮かべながら、頭を抱えてテーブルに突っ伏した。