そっと耳打ち

 

「もうっ! そうじゃなくて、ちゃんと教えてください!」

彼女にしては珍しい、眉間にしわを寄せた表情に、ジェイドは困ったように首をかしげた。

「ちゃんと教えているよ。俺は、君やみんながいつも笑顔でいてくれれば、それで十分なんだって」

「でも、それじゃあプレゼントにならないじゃないですか…」

つぶやくとアンジェリークは、すねたように頬を膨らませて視線を逸らした。その横顔にジェイドはそっと腕を伸ばすと、膨らんだアンジェリークの頬を指で突きながらクスリと笑った。

「アンジェ、笑って。君の笑顔はなによりのプレゼントだって、いま言ったばかりだよ?」

ジェイドにそう言われてしまっては、アンジェリークもいつまでもすねてはいられなかった。しばらくは必死で怖い顔をしようと顔をしかめていたが、やがて限界がきたらしく上げていた眉を下げ、頬を染めながら軽くうつむいた。

「もぅ……ジェイドさんって、いつもそうやって話をすり替えちゃうんだもの」

ため息と同時に肩を落としたアンジェリークは、目の前の青年の表情を盗み見るようにほんの少し顔を上げた。そしてジェイドが柔らかな微笑みを浮かべているのを確認すると、もう一度小さくため息をついてからゆっくりと顔を上げた。

「わかりました。じゃあ今回のプレゼントは、レインと一緒に作るデザートにしますね。ニクスさんとヒュウガさんも、ディナーで一品ずつスペシャルメニューを作るっておっしゃっていましたから」

そう言って微かに笑むアンジェリークの両手をとると、ソファに腰掛けたままのジェイドは目を細めた。

「ありがとう。みんなが俺のことを思いながら作ってくれたディナーなんて、本当に最高のプレゼントだ」

嬉しそうに笑うジェイドを見つめながら、アンジェリークは複雑な笑みを浮かべた。

ジェイドさんが喜んでくれるのは、本当に嬉しい。でも――もうちょっとだけわがままになって、欲しい物を教えてほしかったな。

アンジェリークの大好きなこの青年は、人の幸せにはひどく敏感で欲張りなくせに、自分自身のこととなると、まったく呆れるくらい欲がない。なさすぎる。

『……でも、そこがジェイドさんの素敵なところなんだけど』

「アンジェ、どうかしたの?」

かけられた声に、アンジェリークははっと我に返った。そしてジェイドが不思議そうに自分を見ている様子に焦り、真っ赤になったまま慌てて首をぶんぶんと振った。

「な、なんでもないです! ただ来年のお誕生日には絶対、欲しい物を聞き出さなきゃって思っただけで……だから、今からちゃんと考えておいてくださいね」

アンジェリークがとっさに取り繕った言葉に、今度はジェイドが小さく息をつめた。彼は握っていたアンジェリークの手をするりと離し、照れくさそうにそっぽを向いて押し黙ってしまった。

その態度の変化に、今度はアンジェリークが不思議そうに首をかしげ、ジェイドの横顔を伺うように覗き込んだ。

「あの……どうしたんですか?」

「……あ、ああ。うん……」

「ジェイドさん?」

なおも覗き込んでくるアンジェリークをちらりと見上げたジェイドは、不安げに自分を見つめている少女に微笑んでみせた。

「あんまり俺を喜ばせないで、アンジェ」

「……え?」

アンジェリークが怪訝そうに首をかしげるとジェイドはもう一度にこりと笑い、彼女の両手を改めてそっと握りしめた。

「来年の誕生日……そんな先まで、君は俺のことを考えてくれるの?」

「……あっ! あ、あのっ、え、ええっと……っ!」

ジェイドの言葉に無言で瞬きを三回繰り返した後、アンジェリークは真夏の太陽のように顔を真っ赤に染めて狼狽えた。

別に悪いことをしたわけでもないのに、真っ直ぐに彼の顔を見られずに俯いているアンジェリークの様子にジェイドは目を細めていたが、やがてソファから腰を浮かすと、彼女の耳元にそっと顔を近づけてつぶやいた。

「そうだ。じゃあその次の年は、俺が君に最高のプレゼントをあげるよ」

「え?」

「もちろん、今年も来年もプレゼントはするつもりだけどね。でも来年はアンジェで、その次の年は俺。こうすれば、いつもお互いのことを考えていられるよ。だから、今からリクエストを考えていて」

言ってからジェイドは、一瞬眉をひそめた。アンジェリークがぼうっとした表情を浮かべて、無言で彼を見つめ返していたからだ。

「ごめん、嬉しくてつい……迷惑だったよね」

するとアンジェリークは、今まで動かなかったのが嘘のように何度も首を振ると、ほわんと幸せそうな笑顔を浮かべた。

「ううん、迷惑だなんてそんなことありません! とっても素敵です。そうしたらわたし、来年も再来年もその先もずっと、こうやってお誕生日に欲しい物を聞くことにしますね」

「……ありがとう」

目を細めてジェイドは微笑むと、アンジェリークの華奢な身体を優しく抱きしめた。そして彼の腕の中にすっぽり収まって幸せそうに微笑んでいる少女に、ひとつだけわがままを言ってみることにした。

「アンジェ……ひとつだけ、お願いを思いついたんだけど」

「はい? なんですか?」

見上げる彼女の耳に願い事をこそりとつぶやくと、彼女は驚いたように目を見開いた。

「それだけで、いいんですか?」

「うん……それで十分だよ」

――君が、俺と出会ってくれて。そしていま、こうして側にいてくれる。それだけで、もう最高のプレゼントなんだ。

ジェイドがうなずくと、アンジェリークは彼にしがみついたままついっとつま先立ちをした。そうしてジェイドの頬に唇を寄せると、小さな声でささやいた。

「お誕生日おめでとうございます、ジェイドさん。それから――これはおまけです」

そう言ってアンジェリークは微笑むと、彼の頬にそっとキスをした。

おわり