「くしゅん!」
小さなくしゃみをして口元を押えるアンジェリークを見おろし、ジェイドは心配そうに眉をひそめた。
「風邪をひいてしまったかな? ごめん、もう少し早く、雨宿りできる場所を見つけられればよかったんだけど」
するとアンジェリークは両手を口に沿えたまま、ほんのりと頬を染めて首を振った。
「大丈夫ですよ。髪が濡れて少し寒いだけで、こうやって火に当たっていたら、すぐに治まります、から……っ」
「心配しないでください」と続けようとしたその言葉は、再び可愛らしいくしゃみの三連発で遮られてしまった。真っ赤になって口を押えている
アンジェリークをしばし見つめ、やがてジェイドは目を細めて微笑んだ。
「アンジェって、くしゃみまで可愛いんだね」
「……ジェイドさんったら、からかわないで下さい、もぉっ」
「からかってなんかいないよ。…ああ、でもそうだね。ここは少し風が通り抜けるかもしれない」
そう言ってジェイドは、洞窟の入口にちらりと視線を向けると、立ち上がってアンジェリークの後ろに回り込んで腰を下ろした。
「どう? 少しはマシになったかな?」
そうするとちょうど彼の身体が風よけになり、背中に感じていた寒さが遮られたアンジェリークは、ほっとしたような笑顔を向けた。
「はい、温かいです。ありがとう、ジェイドさん」
「どういたしまして」
「でも、これじゃあジェイドさんがまともに風に当たってしまいますけど…あの、大丈夫ですか?」
心配そうに振り返るアンジェリークに、ジェイドは困ったように笑った。
「俺は、寒さを感じないから」
「あ…」
そうだった、と小さく呟く少女は、ばつが悪そうに身体をちぢこませた。自分の言葉が彼を傷つけたのではないかと不安になったのだろうその様子に、ジェイドは安心させるようににっこりと微笑んだ。
「でもありがとう、心配してくれて……嬉しいよ、アンジェ」
ジェイドの優しい言葉に、アンジェリークは泣き出しそうな表情を浮かべてうつむいた。だが、ジェイドが心配して彼女の肩に手を伸ばそうとした途端に顔を上げ、驚いて動きが止まった彼の側ににじりよると、くるりと背を向けそのままジェイドの腕の中にぽすんと収まった。
「ア、アンジェ?」
焦るジェイドを見ないように真っ直ぐに焚き火を見たまま、顔を真っ赤に染めたアンジェリークはツンとすました表情を浮かべた。
「こうしてくっついていたら、二人とも温かいです!」
「え? で、でも、俺は寒さを感じないし…」
「私、雨で濡れちゃって、背中が寒いんです。けど……ジェイドさんにくっついてると温かいから…こ、このままでいてください!」
自分は人間ではなくてアーティファクトだ。だから血が通っていない自分の身体に、人間のような温かみや体温があるはずはない。けれどアンジェリークは、黙って自分を迎え入れてくれたジェイドの様子に安心したのか、彼の胸に甘えるように、頭を軽く凭れかけてきた。
「……やっぱりジェイドさん……すごく、温かい…」
安心しきったように自分の腕の中でくつろぐアンジェリークをしばらく見つめながら、ジェイドは一瞬、今にも泣き出しそうな表情を浮かべた。
だがそれはアンジェリークに見られることはなく、ジェイドはすぐにいつもと同じ穏やかな笑みを浮かべた。そして両腕をゆっくりと動かすと、アンジェリークの華奢な身体を包み込むようにして抱きしめた。
「こうしたほうが、きっともっと温かいよ、アンジェ…」
びくっと一瞬身体をこわばらせたアンジェリークだったが、やがて幸せそうに目を細めると、廻されたジェイドの腕に、そっと自分の手を重ねた。
「……はい。温かい、です」
「――早くやめばいいですね」
「そうだね。早く帰らないと、みんなが心配するだろうし」
そうお互いに口にしながら、心の隅っこで
「ずっと、このままでいられればいい」と思う二人は、穏やかな笑顔を浮かべながら夕立の音をじっと聞いていた。